・・・森の中へはいって、いつかのホップの門のあたりや、わき水のあるあたりをあちこちうろうろ歩きながら、おかあさんを一晩呼びました。森の木の間からは、星がちらちら何か言うようにひかり、鳥はたびたびおどろいたように暗の中を飛びましたけれども、どこから・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ すると愕ろいたことは学校帰りの子供らが五十人も集って一列になって歩調をそろえてその杉の木の間を行進しているのでした。 全く杉の列はどこを通っても並木道のようでした。それに青い服を着たような杉の木の方も列を組んであるいているように見・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・ 役人どもはだんだん向うの方へはんの木の間を歩きながらずいぶんしばらく撒いていましたが俄かに一人が云いました。「おい、失敗だよ。失敗だ。ひどくしくじった。君の袋にはまだ沢山あるか。」「どうして? 林がちがったかい。」も一人が愕い・・・ 宮沢賢治 「二人の役人」
・・・ヤグラの上で、盆祭りの赤い腰まきを木の間にちらつかせて涼んでいる農家のかあさんたちは、この稲田の壮観と、自分たちの土地というものについて何と感じているだろうか。この稲田に注がれている農村の女の労働力はいかばかりかしれないのに、日本の家族制度・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・三人ともだまったまんま木の間を行ったり来たりするうちに一番川に近い方に居る第二の精霊がとっぴょうしもない調子で叫ぶ。第二の精霊 来る! 来る! ソラ、あすこに、私達の――するどく叫んであとはポーッとした目つきで向うを見る・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・川ふちの榛の木と木の間に繩がはってあって、何かの葉っぱが干されていたこともある。わたしたち三人の子供たちは、その川の名を知らなかった。 田圃のなかへ来ると、名も知れない一筋の流れとなるその小川をたどって、くねくねと細い道を遠く町の中へ入・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・日比谷公園 六月二十七日 ○梅雨らしく小雨のふったり上ったりする午後、 ○池、柳、鶴 ペリカン――毛がぬけて薄赤い肌の色が見える首、 ○ただ一かわの樹木と鉄柵で内幸町の通りと遮断され 木の間から黄色い電車、緑色の水瓜のような・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・ ◎隅田川に無数の人間の死体が燃木の間にはさまって浮いて居る。女は上向き男は下向、川水が血と膏で染って居、吾嬬橋を工兵がなおして居る。 ◎殆ど野原で上野の山の見当さえつけると迷わずにかえれる。 ○本所相生署は全滅。六日夜十一時頃・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 逃げ出してあてどもない旅路を行く人の心をそのまんま私の心にうつした様に東京の私のこの上なく可愛がる本の奇麗な色と文字を思い出し日光にまぼしくかがやきながら若い楓の木の間を赤い椿の花のかげをとびまわって居る四羽の小鳩の事も思い出された。・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・ そこを出て、夢中で、これまで見たことのない菩提樹の並木の間を、町の方へ走った。心のうちには、「どうも己には分からない、どうも己には分からない」と云い続けているのである。 初めての郵便車が停車場へ向いて行くのに出逢って、フィンクは始・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫