・・・いっそ蛍を飛ばすなら、祇園、先斗町の帰り、木屋町を流れる高瀬川の上を飛ぶ蛍火や、高台寺の樹の間を縫うて、流れ星のように、いや人魂のようにふっと光って、ふっと消え、スイスイと飛んで行く蛍火のあえかな青さを書いた方が、一匹五円の闇蛍より気が利い・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・交潤社は四条通と木屋町通の角にある地下室の酒場で、撮影所の連中や贅沢な学生達が行く、京都ではまず高級な酒場だったし、しかも一代はそこのナンバーワンだったから、寺田のような風采の上らぬ律義者の中学教師が一代を細君にしたと聴いて、驚かぬ者はなか・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・、柱といわず、そこらじゅう血まみれになったあとの掃除に十日も掛った自分の手を、三月の間暇さえあれば嗅いでぶつぶつ言っていたくらいゆえ、坂本を匿うのには気が進まなかったが、そんなら坂本さんのおいやす間、木屋町においやしたらどうどすといわれると・・・ 織田作之助 「螢」
・・・それを『蓬屋』と書いたものか、『四方木屋』と書いたものかと言うんで、いろいろな説が出たよ。」「そりゃ、『蓬屋』と書くよりも、『四方木屋』と書いたほうがおもしろいでしょう。いかにも山家らしくて。」 こんな話も旅らしかった。 甲府ま・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・止めてもそれより外に策がないのでお節も渋々同意して達を木屋の政と云う男を呼びにやらせた。 木屋の政の悪商法を知らないものはなかったけれ共その男の手を経なければ一本の木も売る事はむずかしかった。 翌日の夕方政はやって来た。 絹の重・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫