・・・怨恨あるものには祟れ、化けて出て、木戸銭を、うんと取れ、喝!(財布と一所に懐中に捻じ込みたる頭巾に包み、腰に下げ、改って蹲はッ、静御前様。(咽喉に巻いたる古手拭を伸して、覆面す――さながら猿轡のごとくおのが口をば結う。この心は、美女に対して・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・が、動けるどころの沙汰ではないので、人はかような苦しい場合にも自ら馬鹿々々しい滑稽の趣味を解するのでありまする、小宮山はあまりの事に噴出して、我と我身を打笑い、「小宮山何というざまだ、まるでこりゃ木戸銭は見てのお戻りという風だ、東西、」・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 私は十銭の木戸銭を払って猛然と小屋の中に突入し勢いあまって小屋の奥の荒むしろの壁を突き破り裏の田圃へ出てしまった。また引きかえし、荒むしろを掻きわけて小屋へはいり、見た、小屋の中央に一坪ほどの水たまりがあって、その水たまりは赤く濁って・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫