・・・机の上には二、三の雑誌、硯箱は能代塗りの黄いろい木地の木目が出ているもの、そしてそこに社の原稿紙らしい紙が春風に吹かれている。 この主人公は名を杉田古城といって言うまでもなく文学者。若いころには、相応に名も出て、二、三の作品はずいぶん喝・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 自分の感じたところでは、この映画の最もすぐれた長所であり、そうして容易にまねのできそうもないと思われる美点は、全巻を通じて流れている美しい時間的律動とその調節の上に現われたこの監督の鋭敏な肌理の細かい感覚である。換言すれば映画芸術の要・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
病の牀に仰向に寐てつまらなさに天井を睨んで居ると天井板の木目が人の顔に見える。それは一つある節穴が人の眼のように見えてそのぐるりの木目が不思議に顔の輪廓を形づくって居る。その顔が始終目について気になっていけないので、今度は右向きに横に・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・ 鶏舎に面した木戸の方へ廻ると十五の子の字で、雨風にさらされて木目の立った板の面に白墨で、 花園 園主 世話人 助手人と、お清書の様にキッパリキッパリ書いてある。 微笑まずに居られない。 気がついて見る・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・祖母の鏡立ては木目のくっきりした渋色の艷のある四角い箱のようなものであった。鏡は妙によく見えなくて、いくら拭いても見えないことには変りがなかった。 父が何年も何年も前に一つの鏡を私にくれた。古風な唐草模様のピアノの譜面台らしいものに長方・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・ 家の普請や白木の目立った種は昨夕、エッチの処で或る人が豪奢な建築をし白木ばかりで木目の美を見せる一室を特に拵えたと云う話を聞いた。それに違いない。海岸は、矢張りその時話し合った鎌倉のことと感動して聴いたストウニー・アイランドの影響だろ・・・ 宮本百合子 「静かな日曜」
・・・私小説に出戻るというのではなく、社会生活に対する興味と関心と、そのような社会生活を共同のものとして感じる心の肌理のつんだ表現としての短篇小説が期待されるようになったのである。 文学の文学らしさを求めるこの郷愁は、素材主義的な長篇に対置し・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・著者にとりてこれは不幸な偶然であるのかもしれないけれども、第三者の心には、今日の日本の文化の肌理はこうなって来ているかという、一種の感慨を深くさせるのであった。 そして、「学生の生態」という題は、じっとみているうちにまた別の面で私たちの・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・ひとが何と云ったってかまわないし、妙なことを云えば、ねじこんでやればいい、という春桃の頸骨のつよさは、中国独特の肌理のこまかい、髪の黒い、しなやかな姿のうちにつつまれている。 パール・バックは、中国の庶民の女の生きる力のつよさ、殆ど毅然・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・の小さい袴をはいた男の児と、リボンをお下げの前髪に結んでメリンスの元禄袖の被布をきた少女で、誠之に通っていたころ、学校はどこもかしこも木造で、毎日数百の子供たちの麻裏草履でかけまわられる廊下も階段も、木目がけばだって埃っぽかった。東片町の通・・・ 宮本百合子 「藤棚」
出典:青空文庫