・・・小暗い杉の下かげには落葉をたく煙がほの白く上って、しっとりと湿った森の大気は木精のささやきも聞えそうな言いがたいしずけさを漂せた。そのもの静かな森の路をもの静かにゆきちがった、若い、いや幼い巫女の後ろ姿はどんなにか私にめずらしく覚えたろう。・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・銃の音は木精のように続いて鳴り渡った。 その中女学生の方が先へ逆せて来た。そして弾丸が始終高い所ばかりを飛ぶようになった。 女房もやはり気がぼうっとして来て、なんでももう百発も打ったような気がしている。その目には遠方に女学生の白いカ・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・銃の音は木精のように続いて鳴り渡った。そのうち女学生の方が先に逆せて来た。そして弾丸が始終高い所ばかりを飛ぶようになった。 女房も矢張り気がぼうっとして来て、なんでももう百発も打ったような気がしている。その目には遠方に女学生の白いカラが・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・悪いのには木精もまぜたんです。その密造なら二年もやっていたんです。」「じゃポラーノの広場で使ったのもそれか。」「そうですとも。いや何と云っても大将はずるいもんですよ。みんなにも弱味があるから、まあこのまま泣寝入でさあ。ただまああの工・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・そして、いきなりその踊りの真中を目がけて踏み出そうとすると、今までは、なごやかに低唱していた樫の木精が、一どきに ギワーツク、ギワーツク、カットンロー、カットンローローワラーラー……と歌い出し、彼方の霧の底から、微かな ハッハッハッ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ これが木精である。 フランツはなんにも知らない。ただ暖かい野の朝、雲雀が飛び立って鳴くように、冷たい草叢の夕、こおろぎが忍びやかに鳴く様に、ここへ来てハルロオと呼ぶのである。しかし木精の答えてくれるのが嬉しい。木精に答えて貰うため・・・ 森鴎外 「木精」
出典:青空文庫