・・・上役や同僚は未亡人常子にいずれも深い同情を表した。 同仁病院長山井博士の診断に従えば、半三郎の死因は脳溢血である。が、半三郎自身は不幸にも脳溢血とは思っていない。第一死んだとも思っていない。ただいつか見たことのない事務室へ来たのに驚いて・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・唯もう少し簡潔であれば、…… 或孝行者 彼は彼の母に孝行した、勿論愛撫や接吻が未亡人だった彼の母を性的に慰めるのを承知しながら。 或悪魔主義者 彼は悪魔主義の詩人だった。が、勿論実生活の上では安全地帯・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・という丁の終りまではシドロモドロながらも自筆であるが、その次の丁からは馬琴のよめの宗伯未亡人おミチの筆で続けられてる。この最終の自筆はシドロモドロで読み辛いが、手捜りにしては形も整って七行に書かれている。中には『回外剰筆』にある通り、四行五・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・喜美子が教えていた戦死者の未亡人達が、やがて卒業して共同経営の勲洋裁店を開くのだと言って、そのお礼かたがた見舞いに来た。 道子がそのひと達を玄関まで見送って、部屋へ戻って来ると、壁の額の中にはいっている道子の卒業免状を力のない眼で見上げ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・そして未亡人は死を選んだのであった。私は「此の世に希望なくば」云々と書き得たことが如何にこの夫婦の平常の愛の結合の純熱であったかを思いやられて感動を禁じ得ない。また清元の十六夜清心には「蓮の浮き葉の一寸いと恍れ、浮いた心ぢやござんせぬ。弥陀・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・しかるに今日においては国法は男子の利益においてきめられ社会は母性と、産児と、未亡人とを保護しない。妊娠すれば職を失わなくてはならぬ有様である。しかも共稼ぎしなくては子どもを養育できない。男子は独立して妻子を養い得ぬのが普通となり、といって婦・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・隣村からわざわざ嫂や姪や私の娘を見にやって来てくれた人もあったが、私と同年ですでに幾人かの孫のあるという未亡人が、その日の客の中での年少者であった。 しかし、一同が二階に集まって見ると、このお婆さんたちの元気のいい話し声がまた私をびっく・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・正木未亡人も部屋の片隅に坐って、頭を垂れていた。塾の同窓の生徒は狭い庭に傘をさしかけ、縁側に腰掛けなどしていた。 亡くなった青年が耶蘇信者であったということを、高瀬はその日初めて知った。黒い布を掛け、青い十字架をつけ、牡丹の造花を載せた・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・は、青木さんといって三十歳前後の、いわゆる戦争未亡人である。ひっかけるなどというのではなく、むしろ女のほうから田島について来たような形であった。青木さんは、そのデパートの築地の寮から日本橋のお店にかよっているのであるが、収入は、女ひとりの生・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ その翌年は友人のKと甥のRと三人で同じ種崎のTという未亡人の家の離れの二階を借りて一と夏を過ごした。 この主婦の亡夫は南洋通いの帆船の船員であったそうで、アイボリー・ナッツと称する珍しい南洋産の木の実が天照皇大神の掛物のかかった床・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
出典:青空文庫