・・・私は私にとっても未知数だ。私はまだ新人だ。いや、永久に新人でありたい。永久に小説以外のことしか考えない人間でありたい。私の文学――このような文章は、私にはまだ書けないという点に、私は今むしろ生き甲斐を感じている。といってわるければ希望を感じ・・・ 織田作之助 「私の文学」
・・・風土と人間を描写したような独創的な見地から日本人とその生活にふさわしい映画の新天地を開拓し創造するような映画製作者の生まれるまでにはいったいまだどのくらいの歳月を待たなければならないか、今のところ全く未知数であるように見える。そこへ行くと、・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ しかし百貨店の可能性がまだどれほど残されているかは未知数である。その一つの可能性として考えられるものは、軽便で安価な「知識の即売」である。法医工文理農あらゆる学問の小売部を設けることである。 親類に民事上の訴訟問題でも起りかかった・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・ここに大きい未知数がある。 マヤコフスキーの作品と前後して、プロレタリア詩人ベズィメンスキーの「射撃」がメイエルホリド劇場で上演された。 ソヴェトの五ヵ年計画の実現につれて、工場の労働者の間に、生産能率増進のウダールニクが組織さ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 彼の現在は未知数である。彼が私の注意を引くのは価値が高いゆえでなくて価値がいまだ現われないからである。彼は確実性の代わりに不安定をもって、力の代わりに予感をもって、形の代わりに影をもって、思想の代わりに情調をもって、何者かをほのめかす・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・特に青春の時期にある当人にとっては、それは全然見当のつかない、また特別の意義がありそうにも思えない、未知数に過ぎないのです。それが初めから飲み込めているほどなら、青春は危機ではありません。その代わり新緑のような溌剌としたいのちもないでしょう・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫