・・・――年少時代の憂欝は全宇宙に対する驕慢である。 艱難汝を玉にす。――艱難汝を玉にするとすれば、日常生活に、思慮深い男は到底玉になれない筈である。 我等如何に生くべき乎。――未知の世界を少し残して置くこと。 社交 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・その呪文が唱えられた時、いかなる未知の歓楽境がお君さんの前に出現するか。――さっきから月を眺めて月を眺めないお君さんが、風に煽られた海のごとく、あるいはまた将に走らんとする乗合自動車のモオタアのごとく、轟く胸の中に描いているのは、実にこの来・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・S・S・Sとは如何なる人だろう、と、未知の署名者の謎がいよいよ読者の好奇心を惹起した。暫らくしてS・S・Sというは一人の名でなくて、赤門の若い才人の盟社たる新声社の羅馬字綴りの冠字で、軍医森林太郎が頭目であると知られた。 鴎外は早熟であ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・早く、その未知の島にゆきたいものだとみんなは心で思いました。どんな困難や辛苦がこの後あってもそれを切り抜けてゆこうという勇気がみんなの心にわいたのであります。 太陽は、赤く、暮れ方になると海のかなたに沈みました。そのとき、炎のように見え・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ なんという、広い、未知の世界が、水の外にあったでしょう? 子供は、高い、雲切れのした空を見ました。円い、やさしい、月の光を見ました。また、遠い、人間の住んでいる森や、林の影などをながめました。そして、お母さんにつれられて、さざなみの立・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・一度は、だれの身の上にもみるように、未知の幸福がやってくるのだ。人間の一生が、おとぎばなしなのだから。」 彼は、ロマンチックな恋を想像しました。また、あるときは、思わぬ知遇を得て、栄達する自分の姿を目に描きました。そして、毎日このがけの・・・ 小川未明 「希望」
・・・更に詳しく述べれば、われ/\は読書の間に、自分の無し得ない多くの而して未知の経験と、発見し得ない真理と、さまざまなる知識、力、推移とを、知り且つ味ふことが出来るからである。 それならば、われ/\はどういう書物を、どういう風に読んだらいゝ・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・悔恨と焦躁の響きのような鴨川のせせらぎの音を聴きながら、未知の妓の来るのを待っている娼家の狭い部屋は、私の吸う煙草のけむりで濛々としていた。三条京阪から出る大阪行きの電車が窓の外を走ると、ヘッドライトの灯が暗い部屋の中を一瞬はっとよぎって、・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・入手できない書物にあるいは潜んでいるかも知れない未知の重大な思想も、触れなければ触れないで済まして置こうと思う。未知の恋人同様、会わなければ会わないで、また心安らかであろう。新刊書が入手しにくくなったという苦情もきくが、しかし、入手し損って・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・そして未知の世界を知ろうとする強烈な好奇心が安子の肩と胸ではげしく鳴っていた。 やがてその部屋を出てゆく時、安子は皆が大騒ぎをしていることって、たったあれだけのことか、なんだつまらないと思ったが、しかし翌日、安子は荒木に誘われるままに家・・・ 織田作之助 「妖婦」
出典:青空文庫