・・・議会の開けるまで惰眠を貪るべく余儀なくされた末広鉄腸、矢野竜渓、尾崎咢堂等諸氏の浪花節然たる所謂政治小説が最高文学として尊敬され、ジュール・ベルネの科学小説が所謂新文芸として当時の最もハイカラなる読者に款待やされていた。 二十五年前には・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 二十九日、市中を散歩するにわずか二年余見ざりしうちに、著しく家列びもよく道路も美しくなり、大町末広町なんどおさおさ東京にも劣るべからず。公園のみは寒気強きところなれば樹木の勢いもよからで、山水の眺めはありながら何となく飽かぬ心地すれど・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
昭和七年四月九日工学博士末広恭二君の死によって我国の学界は容易に補給し難い大きな損失を受けた。 末広君の家は旧宇和島藩の士族で、父の名は重恭、鉄腸と号し、明治初年の志士であり政客であり同時に文筆をもって世に知られた人で・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・夜は末広亭へ雨がどしどし降るのに出かける。かなり大きな薄暗い小屋に二三人しか客が見えない。語る人も聞く人もさびしい。帰りはまたそばやで酒を飲んだ。」 心のさびしさが不養生をさせ、その結果がさびしさを増していたのである。 四十三年一月・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・「お民、お前、どこか末広のような所にいたことはないのか。」と僕等の中の一人がきいた事がある。するとお民は赤坂の或待合に女中をしていたことがあると答えたので僕は心窃に推測の違っていなかった事を誇ったような事もあった。 だんだん心やすく・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・嘶く声の果知らぬ夏野に、末広に消えて、馬の足掻の常の如く、わが手綱の思うままに運びし時は、ランスロットの影は、夜と共に微かなる奥に消えたり。――われは鞍を敲いて追う」「追い付いてか」と父と妹は声を揃えて問う。「追い付ける時は既に遅く・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・城らしきものは霞の奥に閉じられて眸底には写らぬが、流るる銀の、烟と化しはせぬかと疑わるまで末広に薄れて、空と雲との境に入る程は、翳したる小手の下より遙かに双の眼に聚まってくる。あの空とあの雲の間が海で、浪の噛む切立ち岩の上に巨巌を刻んで地か・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 今日の新聞では西尾末広の偽証罪が不問に附せられるかもしれないことについて、弁護士である人からの投書があった。有名なえらい人の偽証は無罪とされ、一般の人の偽証は犯罪とされているその点への疑惑が語られていた。裁判が精神的・物質的圧力から必・・・ 宮本百合子 「「委員会」のうつりかわり」
・・・今年はその鰯がとれるはじから末広に姿をかえて行った。夥しい末広鰯が、それは加工されたものだから生のまま、とれたままのものより割のよい価で、よそへ飛ぶように売り出されて行った。三陸の鰯は静岡の茶園へ行って、そこでもう一遍ほぐしてただの鰯に戻さ・・・ 宮本百合子 「諸物転身の抄」
出典:青空文庫