・・・彼等が今日本の政治の末端に与っていると思えば、冷汗が出るのである。 しかし、私は何も自分が彼等にくらべて利巧であると思っているわけではない。周囲に阿呆が大勢いてくれたおかげで、当時の私はいくらか自分が利巧であるように思い込んでいたことは・・・ 織田作之助 「髪」
・・・やや旧派の束髪に結って、ふっくりとした前髪を取ってあるが、着物は木綿の縞物を着て、海老茶色の帯の末端が地について、帯揚げのところが、洗濯の手を動かすたびにかすかに揺く。しばらくすると、末の男の児が、かアちゃんかアちゃんと遠くから呼んできて、・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 鬼押出熔岩流の末端の岩塊をよじ上ってみた。この脚下の一と山だけのものをでも、人工で築き上げるのは大変である。一つ一つの石塊を切り出し、運搬し、そうしてかつぎ上げるのは容易でない。しかし噴火口から流れ出した熔岩は、重力という「鬼」の力で・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・時としては彼の神経は千筋に分裂して、そのすべての末端がいら立って、とても落着いた心持になれなかったのではあるまいか。そういう時に彼は音楽の醸し出す天上界の雰囲気に包まれて、それで始めて心の集中を得たのではあるまいか。 これはただ何の典拠・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・とあるのは、熔岩流の末端の裂罅から内部の灼熱部が隠見する状況の記述にふさわしい。「身一つに頭八つ尾八つあり」は熔岩流が山の谷や沢を求めて合流あるいは分流するさまを暗示する。「またその身に蘿また檜榲生い」というのは熔岩流の表面の峨々たる起伏の・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・この場合は前の多くの場合とは反対に枝の末端のほうから樹幹のほうへ事がらが進行するので、この点でも地上の斜面に発達する河流の樹枝状系統によく似ている。 これらの現象を通じて言われることは、普通の古典的な理論的考察からすれば、およそ一様に均・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・衰えた身体を九十度の暑さに持て余したのはつい数日前の事のように思われたのに、もう血液の不充分な手足の末端は、障子や火鉢くらいで防ぎ切れない寒さに凍えるような冬が来た。そして私の失意や希望や意志とは全く無関係に歳末と正月が近づきやがて過ぎ去っ・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・蔓の末端は斜に空を向いて快げである。繊巧な模様のような葉のところどころに黄色な花が小さく開く。淡緑色の小さな玉が幾つか麦藁の上に軽く置かれた。太十は畑の隅に柱を立てて番小屋を造った。屋根は栗幹で葺いて周囲には蓆を吊った。いつしか高くなった蜀・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・熟睡して醒めた後誰でも感じる、暖かに神経の末端まで充実した心持。それがなく、何だか詰らない、疲労の後味とでも云うようなものが、こびりついて居るのである。 新奇なこともない新聞を読み乍ら食事を終った処へ或書店から人が見えた。 髪をちょ・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・其等は末端の些事だと存じます。生活の真実の価値は、只快活さと、活動的と云う文字で計られるものではないと存じます。私はいずれに仕ても、生活の根本から洗練された純化されたいのでございます。常套、常套、而して常套と幾重にも重なった裡から、何にも染・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫