・・・もし寸毫の虚偽をも加えず、我我の友人知己に対する我我の本心を吐露するとすれば、古えの管鮑の交りと雖も破綻を生ぜずにはいなかったであろう。管鮑の交りは少時問わず、我我は皆多少にもせよ、我我の親密なる友人知己を憎悪し或は軽蔑している。が、憎悪も・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・これが本心なら、元よりこれに越した事はないが、どうして、修理はそれほど容易に、家督を譲る気になれたのであろう。――「御尤もでございます。佐渡守様もあのように、仰せられますからは、残念ながら、そうなさるよりほかはございますまい。が、まず一・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・新蔵は勿論中っ腹で、お敏の本心を聞かない内は、ただじゃ帰らないくらいな気組でしたから、墨を流した空に柳が聳えて、その下に竹格子の窓が灯をともした、底気味悪い家の容子にも頓着せず、いきなり格子戸をがらりとやると、狭い土間に突立って、「今晩は。・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・徳の説く所もまんざら無理ではない。道理はあるが、あの徳の言い草が本気でない。真実彼奴はそう信じて言うわけじゃない。あれは当世流の理屈で、だれも言うたと、言わば口前だ。徳の本心はやっぱりわしを引っぱり出して五円でも十円でもかせがそうとするのだ・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・ お浪は今明らかに源三の本心を読んで取ったので、これほどに思っている自分親子をも胸の奥の奥では袖にしている源三のその心強さが怨めしくもあり、また自分が源三に隔てがましく思われているのが悲しくもありするところから、悲痛の色を眉目の間に浮め・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・杜九如の方ではテッキリそれだと思ったから、贋物だったなぞというのは口実だと考えて、約束変改をしたいのが本心だと見た。そこで、「どういたしまして。あの様な贋物があるものではございますまい。仮令贋物にしましたところで、手前の方では結構でございま・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・私の本心の一側は、たしかにこの事実に対して不満足を唱える。もっと端的にわれらの実行道徳を突き動かす力が欲しい、しかもその力は直下に心眼の底に徹するもので、同時に讃仰し羅拝するに十分な情味を有するものであって欲しい。私はこの事実をわれらの第一・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・と書かれていて、訪問客は、みんな大笑いして、兄もにやにや笑っていましたが、それは、れいの兄のミステフィカシオンでは無く、本心からのものだったのでしょうけれど、いつも、みんなを、かつぐものだから、訪問客たちも、ただ笑って、兄のいのちを懸念しよ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・井伏さんが本心から釣が好きということについては、私にもいささか疑念があるのだが、旅行に釣竿をかついで出掛けるということは、それは釣の名人というよりは、旅行の名人といった方が、適切なのではなかろうかと考えて居る。 旅行は元来手持ち無沙汰な・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・けれども、それは決して大隅君の本心からのものではなかった。ほんの外観に於ける習癖に過ぎない。気の弱い、情に溺れ易い、好紳士に限って、とかく、太くたくましいステッキを振りまわして歩きたがるのと同断である。大隅君は、野蛮な人ではない。厳父は朝鮮・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫