・・・こんどは、本心から、この少年に敵意を感じた。 第二回 決意したのである。この少年の傲慢無礼を、打擲してしまおうと決意した。そうと決意すれば、私もかなりに兇悪酷冷の男になり得るつもりであった。私は馬鹿に似ているが、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・けれども、その声は、全く本心からの純粋な驚きの声なのだから、僕は、まいった。なりあがり者の「流行作家」は、箸とおわんを持ったまま、うなだれて、何も言えない。涙が沸いて出た。あんな手ひどい恥辱を受けた事がなかった。それっきり僕は、草田の家へは・・・ 太宰治 「水仙」
・・・今月の小使銭あまってしまったのです、と本心かきしたためた筈でございましたが、また失敗。友人、太宰にやましきことあり、そのうち御助力たのみに来るぞ、と思ったらしく、この推察は、のち、当の友人に聞いてたしかめ、そうで、それでも酒のんで遊んだそう・・・ 太宰治 「創生記」
・・・奥さんを憎まず怨まず呪わず、一生涯、労苦をわかち合って共に暮して行くのが、やっぱり、あなたの本心の理想ではなかったのかしら。あなたは、すぐにお帰りなさい。」竹青は、一変して厳粛な顔つきになり、きっぱりと言い放つ。 魚容は大いに狼狽して、・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ また私は、眠りの中の夢に於いて、こがれる女人から、実は、というそのひとの本心を聞いた。そうして私は、眠りから覚めても、やはり、それを私の現実として信じているのである。 夢想家。 そのような、私のような人間は、夢想家と呼ばれ、あ・・・ 太宰治 「フォスフォレッスセンス」
・・・幸福なる哉、なんて、筆者は、おそろしく神妙な事を弁じ立てましたけれども、筆者の本心は、必ずしも以上の陳述のとおりでもないのであります。筆者は、やはり人間は、美しくて、皆に夢中で愛されたら、それに越した事は無いとも思っているのでございますが、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・故に其子の男女長少に論なく、一様に之を愛して仮初にも偏頗なきは、父母の本心、真実正銘の親心なるに、然るに茲に女子の行末を案じて不安心の節あるやなしやと問えば、唯大不安心と言うの外なし。娘を人の家に嫁せしめて舅姑の機嫌に心配あり、兄公女公親類・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・男子の不品行は既に一般の習慣となりて、人の怪しむ者なしというといえども、人類天性の本心において、自ら犯すその不品行を人間の美事として誇る者はあるべからず。否百人は百人、千人は千人、皆これを心の底に愧じざるものなし。内心にこれを愧じて外面に傲・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 蓋し氏の本心は、今日に至るまでもこの種の脱走士人を見捨てたるに非ず、その挙を美としてその死を憐まざるに非ず。今一証を示さんに、駿州清見寺内に石碑あり、この碑は、前年幕府の軍艦咸臨丸が、清水港に撃たれたるときに戦没したる春山弁造以下脱走・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・しかし火つけが悪い事と感じた瞬間には、本心に咎める所があって、あんな事をせなんだら善かったと思わずには居られまいと思うがどうであろうか。なかなか以てそんな事は思わぬ。それならその瞬間にはどういう事を思うて居たろうか。それは、吉三は可愛いと思・・・ 正岡子規 「恋」
出典:青空文庫