・・・いまは、勾当二十六歳正月一日の、手さぐりで一字一字押し印した日記の本文から、読者と共に、ゆっくり読みすすめる。本文は、すべて平仮名のみにて、甚だ読みにくいゆえ、私は独断で、適度の漢字まじりにする。盲人の哀しい匂いを消さぬ程度に。 ・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・これらの種類を列挙するのは本文の範囲以外になるから、これは他日に譲るとして、ここには専ら骨董趣味という点から見て二つの極端に位する二種の科学者を対照して見ようと思う。 科学者の中にはその専修学科の発達の歴史に特別の興味を有っている人が多・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・その度ごとに本屋の書架から手頃らしいと思われる註釈本を物色しては買って来て読みかけるのであるが、第一本文が無闇に六かしい上にその註釈なるものが、どれも大抵は何となく黴臭い雰囲気の中を手捜りで連れて行かれるような感じのするものであった。それら・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・という小品の中に、港内に碇泊している船の帆柱に青い火が灯っているという意味のことを書いてあるのに対して、船舶の燈火に関する取締規則を詳しく調べた結果、本文のごとき場合は有り得ないという結論に達したから訂正したらいいだろうと云ってよこした人が・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・人間の死や家畜の死にはあまりに多くの前奏がある。本文なしの跋だけは考えられないようなものである。 子供らも身動き一つしないで真剣になって見つめていた。こういう事がらを幼少なものの柔らかな頭に焼きつけるという事の利害を世の教育家に聞いてみ・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ 風雅の精神の萌芽のようなものは記紀の歌にも本文の中にも至るところに発露しているように思われる。ただその時代にはそれがまだ寂滅の思想にしみない積極的な姿で現われている。しかるに万葉から古今を経るに従って、この精神には外来の宗教哲学の消極・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・それからまた、近頃の教科書には本文とは大した関係のない併し見た眼に綺麗なような色々の図版を入れることが流行るようである。これも一体「物理」とどんな関係があるのか少なくも本文をよんだだけではちっとも分からない。 汽車弁当というものがある。・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・従って夏目文学博士殿と宛名を書く方が本文よりも少し手数が掛った訳である。 しかし凡てこれらの手紙は受取る前から予期していなかったと同時に、受取ってもそれほど意外とも感じなかったものばかりである。ただ旧師マードック先生から同じくこの事件に・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ ゴム長靴の脛だけの部分、アラビアンナイトの粟粒のような活字で埋まった、表紙と本文の半分以上取れた英訳本。坊主の除れたフランスのセーラーの被る毛糸帽子。印度の何とか称する貴族で、デッキパッセンジャーとして、アメリカに哲学を研究に行くと云・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・依て窃に案ずるに、本文の初に子なき女は去ると先ず宣言して、文の末に至り、妾に子あれば去るに及ばずと前後照応して、男子に蓄妾の余地を与え、暗々裡に妻をして自身の地位を固くせんが為め、蓄妾の悪事たるを口に言わずして却て之を夫に勧めしむるの深意な・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫