・・・ 正に大審院に、高き天を頂いて、国家の法を裁すべき判事は、よく堪えてお幾の物語の、一部始終を聞き果てたが、渠は実際、事の本末を、冷かに判ずるよりも、お米が身に関する故をもって、むしろ情において激せざるを得なかったから、言下に打出して事理・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・貴嬢はよも鎌倉にて初めて宮本二郎にあいたまいたる、そのころの本末を忘れたまわざるべければ。 鎌倉ちょう二字は二郎が旧歓の夢を呼び起こしけん、夢みるごときまなざし遠く窓外の白雲をながめてありしが静かに眼を閉じて手を組み、膝を重ねたり。・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・とはっきりした言葉で本末の取りちがえを非難している。してみると、これらの武家物は決してかくのごとき末世的武士道を礼讃し奨励するつもりではなく、反対にその馬鹿らしさを強調し諷諌するような心持が多分にあったのではないかとも想像される。しかしまた・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・即ち公徳私徳の名ある所以にして、その分界明白なれば、これを教うるの法においてもまた前後本末の区別なかるべからざるなり。 例えば支那流に道徳の文字を並べ、親愛、恭敬、孝悌、忠信、礼義、廉潔、正直など記して、その公私の分界を吟味すれば、親愛・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・の作者が文学に対する愛着のあまり自身の生活におけるこの社会的な現実の本末を見誤って、七八年という歳月を文学修業に焦って来たと見るのは、私の浅見であろうか。「白道」の作者は、殆ど痛々しいくらい、書かなければならぬ、書かなければならぬと、頭・・・ 宮本百合子 「見落されている急所」
・・・某申候は、某は左様には存じ申さず、主君の申つけられ候は、珍らしき品を買い求め参れとの事なるに、このたび渡来候品の中にて、第一の珍物はかの伽羅に有之、その木に本末あれば、本木の方が尤物中の尤物たること勿論なり、それを手に入れてこそ主命を果すに・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・某申候は、某は左様には存じ申さず、主君の申つけられ候は、珍らしき品を買求め参れとの事なるに、このたび渡来候品の中にて、第一の珍物はかの伽羅に有之、その木に本末あれば、本木の方が、尤物中の尤物たること勿論なり、それを手に入れてこそ主命を果すに・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫