・・・ちょっと本筋へはいる前にその一例を挙げておきましょう。わたしの宿の主人の話によれば、いつか凩の烈しい午後にこの温泉町を五十戸ばかり焼いた地方的大火のあった時のことです。半之丞はちょうど一里ばかり離れた「か」の字村のある家へ建前か何かに行って・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・――が、それより肝腎の本筋だがね、いよいよお敏さんが承知したとなりゃ、まあ、万々計画通り成功するだろうと思うから、安心して吉報を待ってい給え。」と、またさっきの話を続け出しましたが、新蔵はやはり泰さんの計画と云うのが気になるので、もう一遍昨・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・――おい、亀公、お前も掏摸なら掏摸らしゅう、もう一本筋の通った仕事をしろ」 返して来いと、豹吉はすさんだ声で言った。「返せと言うたかテ、どこを探したらええか、さっぱり判らんがな」「判らなかったら、一日中駈けずり廻って探して来い―・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・の意味からいうと、本筋のストーリーよりもあのおおぜいの女学生の集団の中に現われる若いドイツ女性のケックハイト、デルブハイトといったようなものの描写の中に若干の真実の表現があるようで、見方によってはむしろそのほうに興味を引かれ同時にいろいろの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・また一方では、相当な科学者の書いたものでも、単に読者の退屈を紛らすためとしか思われないような、話の本筋とは本質的になんの交渉もないような事がらを五目飯のように交ぜたり、空疎な借りもののいわゆる「美文」を装飾的に織り込んだりしたようなものもま・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・そうしてそれらの技術官は一国の政治の本筋に対して主動的に参与することはほとんどなくて、多くの場合には技術にうとく理解のない政治家的ないし政治屋的為政者の命令のもとに単に受動的にはたらく「機関」としての存在を享楽しているだけである、と言っても・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ その翌日が愈々此処で葬礼と云うことなんで、その時隊の方から見送って下さったのが三本筋に二本筋、少尉が二タ方に下副官がお一方……この下副官の方は初瀬源太郎と仰也って、晴二郎を河から引揚げて下すった方なんでござえして、何かの因縁だろうから・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・になって多くの評論家は現実評価のよりどころを失ったとともに自分の身ぶり、スタイル、ものの云いまわしというようなところで読者をとらえてゆく術に長けて来ているため、読者の感覚が、現実と論理の奇術は行わない本筋の評論の骨格になじみにくくされている・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・同伴者作家の本質は、自分の社会的・階級的制約性に制約されつつも、あくまで自分からプロレタリア文学の前進とその本筋とその高まる水準に適合するために努力しつづけるところにこそあるのである。 共産主義的作家も、同盟者的、同伴者的作家も等しくな・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・一本筋の高い処にある道を、静かながら北の山からすべり落ちて来る風にあらいざらい吹きさられて、足の遅いお伴と一緒に、私はもうちっと早く歩きたいもんだなあと思いながら歩いて行く。道はまだ、こちこちに凍った様になって居るので下駄が少し強くあたると・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫