・・・いまはハヤ朽葉の下をもあさりたらむ。五七人、三五人、出盛りたるが断続して、群れては坂を帰りゆくに、いかにわれ山の庵に馴れて、あたりの地味にくわしとて、何ほどのものか獲らるべき。 米と塩とは貯えたり。筧の水はいと清ければ、たとい木の実一個・・・ 泉鏡花 「清心庵」
……らすほどそのなかから赤や青や朽葉の色が湧いて来る。今にもその岸にある温泉や港町がメダイヨンのなかに彫り込まれた風景のように見えて来るのじゃないかと思うくらいだ。海の静かさは山から来る。町の後ろの山へ廻った陽がその影を徐々・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・髪は、ほどけて、しかもその髪には、杉の朽葉が一ぱいついて、獅子の精の髪のように、山姥の髪のように、荒く大きく乱れていた。 しっかりしなければ、おれだけでも、しっかりしなければ。嘉七は、よろよろ立ちあがって、かず枝を抱きかかえ、また杉林の・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・薄暗い湿っぽい朽葉の匂のする茂みの奥に大きな虎杖を見付けて折取るときの喜びは都会の児等の夢にも知らない、田園の自然児にのみ許された幸福であろう。これは決して単なる食慾の問題ではない。純な子供の心はこの時に完全に大自然の懐に抱かれてその乳房を・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・森へ入りますと、すぐしめったつめたい風と朽葉の匂とが、すっとみんなを襲いました。 みんなはどんどん踏みこんで行きました。 すると森の奥の方で何かパチパチ音がしました。 急いでそっちへ行って見ますと、すきとおったばら色の火がどんど・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・やがて女の児がつれ去られ 泣きつかれた男の児は そのあとへ這い込む 九歳のしなやかな 日やけ色の手脚をまるめて 名もなつかしい おじいさん椅子は おだやかに 大きく黄ばんだ朽葉色 気持の和むなきじゃくりと・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫