・・・その方面の知識に疎い寡聞なる余の頭にさえ、この断見を否定すべき材料は充分あると思う。 社会は今まで科学界をただ漫然と暗く眺めていた。そうしてその科学界を組織する学者の研究と発見とに対しては、その比較的価値所か、全く自家の着衣喫飯と交渉の・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・哲学は科学を尊重し、科学を材料とするとともに、科学は哲学に基礎附けられねばならない。ガリレイをば根柢なしに建てたと評したデカルトの目的は、新自然学の形而上学的基礎附にあったともいわれる。しかしそれは両者の立場を混同して、科学の中に哲学を入れ・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・こんな状態の女を搾取材料にしている三人の蛞蝓共を、「叩き壊してやろう」と決心した。「誰かがひどくしたのかね。誰かに苛められたの」私は入口の方をチョッと見やりながら訊いた。 もう戸外はすっかり真っ暗になってしまった。此だだっ広い押しつ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・我が輩かつていえることあり、方今政談の喋々をただちに制止せんとするは、些少の水をもって火に灌ぐが如し、大火消防の法は、水を灌ぐよりも、その燃焼の材料を除くに若かずと。けだし学者のために安身の地をつくりてその政談に走るをとどむるは、また燃料を・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ただ昔と今と違っているのは、今はそのあらゆる感動が一々意識に上って、他日筆にする材料として保存せられるだけである。 突然オオビュルナンは物に驚いて身を振り向けた。そっと硝子戸を開けたような音がしたのである。しかしそれは錯覚であったとみえ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・西行のごときは幾多の新材料を容れたるところあるいはこの意義を解する者に似たれど、実際その歌を見ば百中の九十九は皆いつわりのたくみなるを知らん。趣味を自然に求め、手段を写実に取りし歌、前に『万葉』あり、後に曙覧あるのみ。 されば曙覧が歌の・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・つまりその仕事の材料を、こんな時に集めて置かないといかんな。ついてはまず第一が木だがな。今日はみんな出て行って立派な木を十本だけ、十本じゃすくない、ええと、百本、百本でもすくないな、千本だけ集めて来い。もし千本集まらなかったらすぐ警察へ訴え・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・わたしたち人民の判断を、公平で、明朗で、正確なものにするためになくてはならない現実の材料を奪うために、政府はどんな手段をとってきているかが分ります。 ファシズムに対するわたしたちの闘いには、これらのデマゴギーと挑発によって事実を不正確に・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・その材料は龍之介さんが母に聞いたものだそうである。この事は龍之介さんがわたくしを訪うに先だって小島政二郎さんがわたくしに報じてくれた。 わたくしはまた香以伝に願行寺の香以の墓に詣る老女のあることを書いた。そしてその老女が新原元三郎という・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・ このころ以後の民衆の思想を何によって知るかということは、相当重大な問題であるが、私はその材料として室町時代の物語を使ってみたいと思う。その中には寺社の縁起物語の類が多く、題材は日本の神話伝説、仏典の説話、民間説話など多方面で、その構想・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫