・・・ 彼は与助には気づかぬ振りをして、すぐ屋敷へ帰って、杜氏を呼んだ。 杜氏は、恭々しく頭を下げて、伏目勝ちに主人の話をきいた。「与助にはなんぼ程貸越しになっとるか?」と、主人は云った。「へい。」杜氏は重ねてお辞儀をした。「今月・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・腕にかゝった醤油を前掛でこすり/\事務所へ行くと、杜氏が、都合で主人から暇が出た、――突然、そういうことを彼に告げた。何か仔細がありそうだった。「どうしたんですか?」「君の家の方へ帰って見ればすぐ分るそうだが……。」杜氏は人のいゝ笑・・・ 黒島伝治 「豚群」
京一が醤油醸造場へ働きにやられたのは、十六の暮れだった。 節季の金を作るために、父母は毎朝暗いうちから山の樹を伐りに出かけていた。 醸造場では、従兄の仁助が杜氏だった。小さい弟の子守りをしながら留守居をしていた祖母・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
出典:青空文庫