・・・ 注射も今は只束の間の命を延ばして行くはかない仕事になって息は益々苦しく小さい眼はすべての望を失った色に輝いて来た。 涙も出ない、声も出ない。 私の魂はこのかすかな生を漸う保って居る哀れな妹の上にのみ宿って供に呼吸し共に喘いで居・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 労働力一つを生活の手段として生きている勤労者の生活が、あの時分いくらかよくなったように見えたのも、束の間のことであった。たちまち物価は給料に追いついたし、勤労動員が強められてからの働く男女に、どんな戦争便乗の利得があったろう。勤労動員・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
・・・これは朝の太陽というわけでこの束の間の夜から朝へのうつりかわり、きのうがきょうになるなりかたには不思議な感動を与えられる。明るいながら朝になっても、おのずから朝の空気は新鮮に流れ出して、暁の微風が樹々の梢をそよがせはじめるし、河水の面が生気・・・ 宮本百合子 「モスクワ」
出典:青空文庫