・・・しかし、――保吉はまだ東西を論ぜず、近代の小説の女主人公に無条件の美人を見たことはない。作者は女性の描写になると、たいてい「彼女は美人ではない。しかし……」とか何とか断っている。按ずるに無条件の美人を認めるのは近代人の面目に関るらしい。だか・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・これは勿論何びとにも甚だ困難なる条件である。さもなければ我我はとうの昔に礼譲に富んだ紳士になり、世界も亦とうの昔に黄金時代の平和を現出したであろう。 瑣事 人生を幸福にする為には、日常の瑣事を愛さなければならぬ。雲の光り・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・このだいじな条件をいうのを忘れていた。おいともちゃん……ドモ又、もう描くのをやめろよ……ともちゃん、おまえ頼むから俺たち五人の中の誰でもいい、おまえの気に入った人とほんとうに結婚してくれないか。とも子 なんですねえ途轍もない。花田 ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・此の娘は聟えらびの条件には、男がよくて姑がなくて同じ宗の法華で綺麗な商ばいの家へ行きたいと云って居る。千軒もあるのぞみ手を見定め聞定めした上でえりにえりにえらんだ呉服屋にやったので世間の人々は「両方とも身代も同じほどだし馬は馬づれと云う通り・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・という条件付きであったのである。 三文文学とか「チープ・リテレチュア」とかいう言葉は今でも折々繰返されてるが、斯ういう軽侮語を口にするものは、今の文学を研究して而して後鑑賞するに足らざるが故に軽侮するのではなくて、多くは伝来の習俗に俘わ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ すべて、生き得る条件の下に置かざるかぎり、たとえ形は異っても、同じく手にかけて殺すようなものだと私は、子供に向っていったのでした。 しかし、眼前の社会においても、甚だ原始的なる子供の本能と酷似した、残忍性のあるのを発見します。・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・これは、外的条件が、内的の力を決定するのでない。 こゝに、自由の生む、形態の面白さがあり、押えることのできない強さがあり、爆破があり、また喜びがあるのである。自然の条件に従って、発生し、醗酵するものゝみが、最も創意に富んだ形を未来に決定・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・「人を驚かせるが、自分は驚かないのが、ダンデイの第一条件だ」 という意味のことをボードレエルが言っているが、私たちはこの意味でのダンデイになることが、さしあたって狂人にならないための第一条件ではあるまいか。 それほど見るもの聴く・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・なお、売れても売れなくても、必ず四十円の固定給は支給する云々の条件に、申し分がなく、郵便屋がこぼすくらい照会の封書や葉書が来た。 早速丹造は返事を出して曰く、――御申込みにより、貴殿を川那子商会支店長に任命する。ついては身元保証金として・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・そして彼は三百の云うなりになって、八月十日限りといういろ/\な条件附きの証書をも書かされたのであった。そして無理算段をしては、細君を遠い郷里の実家へ金策に発たしてやったのであった。……「なんだってあの人はあゝ怒ったの?」「やっぱし僕・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫