・・・その時、おげんは娘に言いつけて、お新が使った後の鏡を自分の方へ持って来させた。「お父さんが亡くなってから、お母さんは一度も鏡を見ない。今日は蜂谷さんにもよく診察して貰うで、久しぶりでお母さんも鏡を見るわい」 おげんは親しげに自分のこ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・馬はそのつぎにウイリイに、そう言って、蛇を一ぴきつかまえて来させました。蛇は頭をなでてやればかみつきはしないから、それを死の水のびんと一しょに、烏の巣の中へ入れておきなさいと言いました。ウイリイはびんと蛇を持って上っていきました。そうすると・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・電話をかけて直ぐ持って来させるように。」「いやよ。」言下に拒否した。顔を少し赤くして、くつくつ笑っている。「お留守のあいだは、いやよ。」「なんだ、」小坂氏はちょっとまごついて、「何を言うのです。他人に貸すわけじゃあるまいし。」「・・・ 太宰治 「佳日」
・・・そうして婆に言いつけて、私の連れの職工とその相手のおいらんをも私たちの部屋へ呼んで来させ、落ちついてお茶をいれ、また部屋の隅の茶箪笥から、お皿に一ぱい盛った精進揚げを取り出し私たちにすすめました。連れの職工は、おい旦那、と私を呼び、奥さんの・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・このように、工合のわるい朝には、家人に言いつけて、コップにすこし、お酒を持って来させる。もう起きて歯をみがかなければいけないという思いは、これは、しらじらしくて、かなしいものだ。そんなとき子供は、「おめざ。」を要求する。私にとっては、厳粛な・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・夕食にはいつも外へ出るのだが、今日は従卒に内へ持って来させた。食事の時は、赤葡萄酒を大ぶ飲んで、しまいにコニャックを一杯飲んだ。 翌日まだ書いている。前日より一層劇しい怒を以て、書いている。いやな事と云うものは、する時間が長引くだけいや・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・がどうも分らないが、しかしその前々夜であったかやはり食後の雑談中女中にある到来ものの珍しい菓子を特に指定して持って来させたことはあったのである。 麻糸の簾がライオンになる件だけは解釈の糸口が見付からない。こんなのをうっかりフロイドにでも・・・ 寺田寅彦 「夢判断」
・・・帰って来さっしゃらねえところを見ると、どうも可怪いと云う。さア大変秋山を殺すなという騒ぎになって、××じゃ将校連が集って、急いで人名簿を調べる。そうして水練の上手な兵士を三十人選抜して、秋山大尉を捜させようと云うんだ。その人選のなかへ、私の・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・の原稿送り来されたる同封中に猫の写生画二つあり。一は顔にして、一は尻高く頭低く丸くなりて臥しゐるところなり。その画の周囲に次の如き文章あり。もとより一時の戯れ書きに過ぎざれど、「飯待つ間」と相照応して面白く覚えたれば爰に載録す。写生画もまた・・・ 正岡子規 「飯待つ間」
・・・「やあ、お前さん帰って来さしゃったね。まずご無事で結構でした。」一人がわたくしに挨拶しました。 この前ポラーノの広場でデストゥパーゴに介添をしろと云われて遁げた男のようでした。「ええ、ありがとう。ファゼーロも帰って来てすっかりも・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
出典:青空文庫