・・・もし形式の中に盛らるべき内容の性質に変化を来すならば、昔の型が今日の型として行わるべきはずのものではない、昔の譜が今日に通用して行くはずはないのであります。例えて見れば人間の声が鳥の声に変化したらどうしたって今日までの音楽の譜は通用しない。・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・どうしてこう云う結果の相違を来すかというと、それは同じ行為に対する見方が違うからだと言わなければならない。すなわち西洋人が相手の場合には私の卑陋のふるまいを一図に徳義的に解釈して不徳義――何も不徳義と云うほどの事もないでしょうが、とにかく礼・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・この一点より考うれば、外国人の見る目如何などとて、その来訪のときに家内の体裁を取り繕い、あるいは外にして都鄙の外観を飾り、または交際の法に華美を装うが如き、誠に無益の沙汰にして、軽侮を来す所以の大本をば擱き、徒に末に走りて労するものというべ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・この相違を来すにゃ何か相当の原因が無くばなるまい。 私は二十世紀の文明は皆な無意義になるんじゃないかと思う。何と云っても今はまだレフレクションの影響を免がれていない。十九世紀で暴威を逞くした思索の奴隷になっていたんで、それを弥々脱却する・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・天気のよい時でも、天気のわるい時でも、チャッチャッチャッと朝から鳴き立てて憂いを知らぬ愉快な鳥であると思うて居たが、ことしの春自分の病が段々に勢をまして、遂に精神の煩悶を来すようになって来て、今まで愉快であったカナリヤの声が遽にうるさくなっ・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ 下らない事をしたものだと思うけれ共、急いたり、あんまり喜んだりするときっとこんな事を仕出来すのが私の癖だ。 足が痛い痛いと云いながら私が家中□(走して居るのを皆が笑って誰も取り合わない。 すっかり飾って仕舞うと三時近い。 ・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・五ヵ年計画の達成は、ただ彼等の財布へ七一パーセント増した賃銀をもち来すに止まらないことを。それは現在四千万人近いプロレタリアートを失業につき落して餓えさせている世界資本主義に対する共産主義の断然たる勝利を意味するのであることを。ソヴェト同盟・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・「思いつめるということが、よい方面に向えば勢い熱情となり立派な仕事をなしとげるのですが、一つあやまてば、人をのろう怨霊の化身となる――女の一念もゆき方によっては非常によい結果と、その反対の悪い結果を来すものです」 女学生への訓話めいて・・・ 宮本百合子 「「青眉抄」について」
・・・医者がとても家には危くて置けないから病院へ入れろと云うが、普通に云って聞くことでないから、立前を口実にこちらへ寄来す手筈をしてこちらから無理やりにでも病院へ連れ込むというのであった。「飛んだことになって、まことに御迷惑でしょうが、職人衆・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・ これがソヴェト五ヵ年計画に障害を来すわけでもないさ。―― ワーニカは、わいわい云いながら入口で防寒靴をぬいでる一かたまりの男女学生の中に、見なれた円い緑色の毛糸帽を見つけた。 モスクワには、そんな緑色の帽子をかぶってる女がうんとい・・・ 宮本百合子 「ワーニカとターニャ」
出典:青空文庫