・・・その腸を二升瓶に貯える、生葱を刻んで捏ね、七色唐辛子を掻交ぜ、掻交ぜ、片襷で練上げた、東海の鯤鯨をも吸寄すべき、恐るべき、どろどろの膏薬の、おはぐろ溝へ、黄袋の唾をしたような異味を、べろりべろり、と嘗めては、ちびりと飲む。塩辛いきれの熟柿の・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 犬田小文吾夜深うして劫を行ふ彼何の情ぞ 黒闇々中刀に声あり 圏套姦婦の計を逃れ難し 拘囚未だ侠夫の名を損ぜず 対牛楼上無状を嗟す 司馬浜前に不平を洩らす 豈翔だ路傍狗鼠を誅するのみならん 他年東海長鯨を掣す 船虫閉花・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・もし小説に仮托するなら矢野龍渓や東海散士の向うを張って中里介山と人気を争うぐらいは何でもなかったろう。二葉亭の頭と技術とを以て思う存分に筆を揮ったなら日本のデュマやユーゴーとなるのは決して困難でなかったろう。が、芸術となると二葉亭はこの国士・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・かつ在官者よりも自由であって、大抵操觚に長じていたから、矢野龍渓の『経国美談』、末広鉄腸の『雪中梅』、東海散士の『佳人之奇遇』を先駈として文芸の著述を競争し、一時は小説を著わさないものは文明政治家でないような観があった。一つは憲法発布が約束・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・そして誠忠奉公の公卿たちは鎌倉で審議するという名目の下に東海道の途次で殺されてしまった。かくて政権は確実に北条氏の掌中に帰し、天下一人のこれに抗議する者なく、四民もまたこれにならされて疑う者なき有様であった。後世の史家頼山陽のごときは、「北・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ただこれは、東海に不死の薬をもとめ、バベルに昇天の塔をきずかんとしたのと、同じ笑柄である。 なるほど、天下多数の人は、死を恐怖しているようである。しかし、彼らとても、死のまぬがれぬのを知らぬのではない。死をさけられるだろうとも思っていな・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・只だ是れ東海に不死の薬を求め、バベルに昇天の塔を築かんとしたのと同じ笑柄である。 成程天下多数の人は死を恐怖して居るようである、然し彼等とても死の免がれぬのを知らぬのではない、死を避け得べしとも思って居ない、恐らくは彼等の中に一人でも、・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 桃太郎が鬼が島を征服するのがいけなければ、東海の仙境蓬莱の島を、鎚と鎌との旗じるしで征服してしまおうとする赤い桃太郎もやはりいけないであろう。 こんなくだらぬことを赤白両派に分かれて両方で言い合っていれば、秋の夜長にも話の種は尽き・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・安政元年十一月四日五日六日にわたる地震には東海、東山、北陸、山陽、山陰、南海、西海諸道ことごとく震動し、災害地帯はあるいは続きあるいは断えてはまた続いてこれらの諸道に分布し、至るところの沿岸には恐ろしい津波が押し寄せ、震水火による死者三千数・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・私は風光の生彩をおびた東海の浜を思いださずにはいられなかった。すべてが頽廃の色を帯びていた。 私たちはまた電車で舞子の浜まで行ってみた。 ここの浜も美しかったが、降りてみるほどのことはなかった。「せっかく来たのやよって、淡路へ渡・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫