・・・ 二十五ヵ年の歳月が文学をして職業として存立するを得せしめ、国家をして文学の存在を認めしむるに到ったのは無論進歩したには違いないが、世界の英雄東郷を生じた日本としては猶お余りにもどかしき感がある。今後の二十五ヵ年間、願くは更に一大飛躍あ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・蘆花自身人道主義者で、クリスチャンだったが、東郷大将や乃木大将を崇拝していた。「不如帰」には、日清戦争が背景となっている。そして、多くの上級の軍人が描かれている。黄海の海戦の描写もある。しかし、出てくる軍人も戦争の状景も、通俗小説のそれ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・私に就いての記事はなかったけれども、東郷さんのお孫むすめが、わたくしひとりで働いて生活したいと言うて行方しれずになった事実が、下品にゆがめられて報告されていた。兵士たちが望富閣の食堂へぞろぞろとはいって来て、あまり勢いよくはいって来たので私・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ 四唱 信じて下さい 東郷平八郎の母上は、わが子の枕もと歩かなかった。この子は、将来きっと百千の人のかしらに立つ人ゆえ、かならず無礼あってはならぬと、わが子ながらも尊敬、つつしみ、つつしみ、奉仕した。けれども、わが家・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ あとで知ったことでございますが、あの恐しい不思議な物音は、日本海大海戦、軍艦の大砲の音だったのでございます。東郷提督の命令一下で、露国のバルチック艦隊を一挙に撃滅なさるための、大激戦の最中だったのでございます。ちょうど、そのころでござ・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・ 九 東郷大将の若い時の写真を見ると、実に立派でしかも明るく朗らかな表情をしたのがある。ジョン・バリモアーなどにもちょっと似ているのがある。しかし晩年のいわゆる「東郷さん」になってからの写真にはどれにもこれにもみ・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・乃木夫人、東郷夫人の貞烈と節倹とは、これらの上流夫人が身を持するにかたく、常に木綿の衣類で通していられたということを、重要な心がけとしてとかれた。 酒と煙草を未成年者に各国とも禁じているのはなぜであろうか。酒ものまず、煙草ものまずという・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・その侯爵令嬢が、ほかならぬ故東郷元帥の孫娘であったことは、世間の視聴をそばだてしめた。 良子嬢が、浅草のカフェー・ジェーエルで、味噌汁をかけた飯を立ち食いしつつも朗らかに附近のあんちゃん連にサービスし人気の焦点にあったという新聞記事をよ・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・これまで日本の切手の図案と云えばあきもせず乃木大将・東郷大将一点ばりで、すこし変化したと思えば、その頃の四銭には格別美しさもない議事堂の絵がついていた。ところが、その一銭切手の模様は、農夫の働いている姿であった。菅笠をかぶり尻きりの働き着を・・・ 宮本百合子 「郵便切手」
・・・ 珍らしいパン附の食事を終ってから、梶と栖方は、中庭の広い芝生へ降りて東郷神社と小額のある祠の前の芝生へ横になった。中庭から見た水交社は七階の完備したホテルに見えた。二人の横たわっている前方の夕空にソビエットの大使館が高さを水交社と競っ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫