・・・ おもちゃ屋の隣に今川焼があり、今川焼の隣は手品の種明し、行灯の中がぐるぐる廻るのは走馬灯で、虫売の屋台の赤い行灯にも鈴虫、松虫、くつわ虫の絵が描かれ、虫売りの隣の蜜垂らし屋では蜜を掛けた祇園だんごを売っており、蜜垂らし屋の隣に何屋があ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・たとえば「松虫草」と「なべな」、「ほたるぶくろ」と「つりがねにんじん」といったようなものである。そういう類縁関係をたどって行くと、はじめは全く似たところがないと思っていたものが、だんだんに少しずつ似たところを暴露して来るのである。これと同じ・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ 去年の夏子供が縁日で松虫を買って来た。そして縁側の軒端に吊しておいた。宵のうちには鈴を振るような音がよく聞こえたが、しかしどうかするとその音がまるで反対の方向から聞こえるように思われた。不思議だと思って懐中時計の音で左右の耳の聴力を試・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・……露の底の松虫もろとも空しく怨みに咽んでいる。それならそれが生きていた内は栄華をしていたか。なかなかそうばかりでもない世が戦国だものを。武士は例外だが。ただの百姓や商人など鋤鍬や帳面のほかはあまり手に取ッたこともないものが「サア軍だ」と駆・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫