・・・この道場というは四間と五間の板間で、その以前豊吉も小学校から帰り路、この家の少年を餓鬼大将として荒れ回ったところである。さらに維新前はお面お籠手の真の道場であった。 人々は非常に奔走して、二十人の生徒に用いられるだけの机と腰掛けとを集め・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・そうして黒光りのする台所の板間で、薄暗い石油ランプの燈下で一つ一つ皮を剥いでいる。そういう光景が一つの古い煤けた油画の画面のような形をとって四十余年後の記憶の中に浮上がって来るのである。自分の五歳の頃から五年ほどの間熊本鎮台に赴任したきり一・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・ピアノが台の下の小滑車で少しばかり歩き出しており、花瓶台の上の花瓶が板間にころがり落ちたのが不思議に砕けないでちゃんとしていた。あとは瓦が数枚落ちたのと壁に亀裂が入ったくらいのものであった。長男が中学校の始業日で本所の果てまで行っていたのだ・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・淋しい田舎の古い家の台所の板間で、袖無を着て寒竹の子の皮をむいているかと思うと、その次には遠い西国のある学校の前の菓子屋の二階で、同郷の学友と人生を論じている。下谷のある町の金貸しの婆さんの二階に間借りして、うら若い妻と七輪で飯を焚いて暮し・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・余が不思議そうにしていたので、女は室の外の板間に出て、其処の中障子を明けて見せた。なるほど東大寺は自分の頭の上に当ってある位である。何日の月であったか其処らの荒れたる木立の上を淋しそうに照してある。下女は更に向うを指して、大仏のお堂の後ろの・・・ 正岡子規 「くだもの」
出典:青空文庫