・・・二十種にちかき草花の球根が、けさ、私の寝ている間に植えられ、しかも、その扇型の花壇には、草花の名まえを書いたボオル紙の白い札がまぶしいくらいに林立しているのである。「ドイツ鈴蘭。」「イチハツ。」「クライミングローズフワバー。」「君子蘭。・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・この橋の両側だけに人間の香いがするが、そこから六百山の麓に沿うて二十余町の道の両側にはさまざまな喬木が林立している、それが南国生れの自分にはみんな眼新しいものばかりのような気がする。樹名を書いた札のついているのは有難いがなかなか一度見たくら・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・背景には岸近くもやった船の帆柱の林立がある。掛け図には殺されて倒れている人や、ソホの火事場の粗末な絵の見えるのもちょっとした効果がある。ここの場面がいちばん昔の東ロンドンの雰囲気を濃厚に現わしているように思われる。これと、ずっと後に警察で電・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・トランペットやトロンボンのはげしい爆音の林立が斜めに交互する槍の行列のような光線で示されるところもあったようである。 なんだかちっともわからないようで、しかしなんだか妙におもしろいものである。これと非常によく似たものが他にどこかにあるよ・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・また雑草の林立した廃園を思わせる。蟻のような人間、昆虫のような自動車が生命の営みにせわしそうである。 高い建物の出現するのははなはだ突然である。打ち出の小槌かアラディンのランプの魔法の力で思いもよらぬ所にひょいひょいと大きなビルディング・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 来路を顧ると、大島町から砂町へつづく工場の建物と、人家の屋根とは、堤防と夕靄とに隠され、唯林立する煙突ばかりが、瓦斯タンクと共に、今しも燦爛として燃え立つ夕陽の空高く、怪異なる暮雲を背景にして、見渡す薄暮の全景に悲壮の気味を帯びさせて・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・ところが東京の近辺ではこれを採るものが極めて少ないためでもあるか、赤羽の土手には十間ほどの間にとても採り尽せないほどの土筆が林立して居ったそうな。妹が帰ったのはまだ日の高いうちであったが、大きな布呂敷に溢れるほどの土筆は、わが目の前に出し広・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・かの子さんの色彩強烈な肉体のまわりに色彩強烈な作品が、空間をもって林立してでもいるような感じで、一言話せば作品の世界がじかに触れ開けて来る感じでなくて、何か苦しかったのである。 一平氏が妻であり芸術家であったかの子さんへの追想として書か・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・ やがて、地平線にゾックリと黒く林立する数百の汲出櫓が現れた。工場の煙突から煙を吐くだろうが、これは凝っと密集して光のない空に突き刺っている。現実にはこっちからその中へ進んで行っているのだが、感じは逆で、むこうが此方へ圧倒的にせり上って・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・南風崎、大村、諫早、海岸に沿うて遽しくくぐる山腹から出ては海を眺めると、黒く濡れた磯の巖、藍がかった灰色に打ちよせる波、舫った舟の檣が幾本も細雨に揺れ乍ら林立して居る景色。版画的で、眼に訴えられることが強い。鹿児島でも、快晴であったし、眩し・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
出典:青空文庫