・・・「私は使命を果すためには、この国の山川に潜んでいる力と、――多分は人間に見えない霊と、戦わなければなりません。あなたは昔紅海の底に、埃及の軍勢を御沈めになりました。この国の霊の力強い事は、埃及の軍勢に劣りますまい。どうか古の予言者のよう・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ではなぜ打ち果すのを控えなかったのじゃ?」 三右衛門は治修にこう問われると、昂然と浅黒い顔を起した。その目にはまた前にあった、不敵な赫きも宿っている。「それは打ち果さずには置かれませぬ。三右衛門は御家来ではございまする。とは云えまた・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・男が一度惚れたからにゃ、身を果すくらいは朝飯前です。火難、剣難、水難があってこそ、惚れ栄えもあると御思いなさい。」と、嵩にかかって云い放しました。すると婆はまた薄眼になって、厚い唇をもぐもぐ動かしながら、「なれどもの、男に身を果された女はど・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・欧洲文明に於けるスカンディナヴィヤのような、又は北米の文明に於けるニュー・イングランドのような役目を果たすことが出来ていたかも知れない。然しそれは歴代の為政者の中央政府に阿附するような施設によって全く踏みにじられてしまった。而して現在の北海・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・しかしフレンチの方では、神聖なる義務を果すという自覚を持っているのだから、奥さんがどんなに感じようが、そんな事に構まってはいられない。 ところが不思議な事には、こういう動かすべからざる自覚を持っているくせに、絶えず体じゅうが細かく、不愉・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・勢いダレる気味があって往々閑却されるが、例えば信乃が故主成氏の俘われを釈かれて国へ帰るを送っていよいよ明日は別れるという前夕、故主に謁して折からのそぼ降る雨の徒々を慰めつつ改めて宝剣を献じて亡父の志を果す一条の如き、大塚匠作父子の孤忠および・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・いやしくも、それ等の芸術に依拠して、真の美感を与えよく芸術の使命を果すものありとすれば、それは、たしかに天才の仕事でなければならぬ。私達は、かゝる芸術の存在理由をも、効果をも疑うものでないが、芸術は、創造であり、個的でなければならぬところに・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・が、いや、差しかかった主人の用向が大切だ、またおれの一命はこんなところで果すべきものではないと、思いかえして、堪忍をこらし、無事に其の時の用を弁じて間もなく退役し、自ら禄を離れて、住所を広島に移して斗籌を手にする身となった……。 それよ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 観行院様は非常に厳格で、非常に規則立った、非常に潔癖な、義務は必らず果すというような方でしたから、種善院様其他の墓参等は毫も御怠りなさること無く、また仏法を御信心でしたから、開帳などのある時は御出かけになり、柴又の帝釈あたりなどへも折・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・主人が跣足になって働いているというのだから細君が奥様然と済してはおられぬはずで、こういう家の主人というものは、俗にいう罰も利生もある人であるによって、人の妻たるだけの任務は厳格に果すように馴らされているのらしい。 下女は下女で碓のような・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
出典:青空文庫