・・・しかもその糺問の声は調子づいてだんだん高められて、果ては何処からともなくそわそわと物音のする夕暮れの町の空気が、この癇高な叫び声で埋められてしまうほどになった。 しばらく躊躇していたその子供は、やがて引きずられるように配達車の所までやっ・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ためにしばしば自殺の意を生じて、果ては家に近き百間堀という池に身を投げようとさえ決心したことがあった。しかもかくのごときはただこれ困窮の余に出でたことで、他に何等の煩悶があってでもない。この煩悶の裡に「鐘声夜半録」は成った。稿の成ると共に直・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・かつ前にゆき、あとに従い、右から、左から、まつわりつくようにして果ては大浪の如く、驢馬とあの人をゆさぶり、ゆさぶり、「ダビデの子にホサナ、讃むべきかな、主の御名によりて来る者、いと高き処にて、ホサナ」と熱狂して口々に歌うのでした。ペテロやヨ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・また、うっかり注射でも怠ろうものなら、恐水病といって、発熱悩乱の苦しみあって、果ては貌が犬に似てきて、四つ這いになり、ただわんわんと吠ゆるばかりだという、そんな凄惨な病気になるかもしれないということなのである。注射を受けながらの、友人の憂慮・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・近頃は西洋人も婦人まで草鞋にて登る由なりなどしきりに得意の様なりしが果ては問わず語りに人の難儀をよそに見られぬ私の性分までかつぎ出して少時も饒舌り止めず、面白き爺さんなり。程が谷近くなれば近き頃の横浜の大火乗客の話柄を賑わす。これより急行と・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・河のあなたに烟る柳の、果ては空とも野とも覚束なき間より洩れ出づる悲しき調と思えばなるべし。 シャロットの路行く人もまた悉くシャロットの女の鏡に写る。あるときは赤き帽の首打ち振りて馬追うさまも見ゆる。あるときは白き髯の寛き衣を纏いて、長き・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・らざるのみか、真実の深切、誠意誠心の塊にても、既に隠すとありては双方共に常に釈然たるを得ず、之を彼の骨肉の親子が無遠慮に思う所を述べて、双方の間に行違もあり誤解もありて、親に叱られ子に咎められながら、果ては唯一場の笑に附して根もなく葉もなく・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・うのは相済まん訳だ、だから、とても精神は伝える事が出来んとしても、せめて形なと、原形のまま日本へ移したら、露語を読めぬ人も幾分は原文の妙を想像する事が出来やせんか、と斯う思って、コンマも、ピリオドも、果ては字数までも原文の通りにしようという・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
出典:青空文庫