・・・―― 私は感情の激昂に駆られて、思わず筆を岐路に入れたようでございます。 さて、私はその夜以来、一種の不安に襲われはじめました。それは前に掲げました実例通り、ドッペルゲンゲルの出現は、屡々当事者の死を予告するからでございます。しかし・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・ 話は少しく岐路に入った、今再び立戻って笑わるべき僕が迷信の一例を語らねばならぬ。僕が横寺町の先生の宅にいた頃、「読売」に載すべき先生の原稿を、角の酒屋のポストに投入するのが日課だったことがある。原稿が一度なくなると復容易に稿を更め難い・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・こうした場所と、身の上では、夜中よりも人目に立たない、静な日南の隙を計って、岐路をあれからすぐ、桂谷へ行くと、浄行寺と云う門徒宗が男の寺。……そこで宵の間に死ぬつもりで、対手の袂には、商ものの、と、懐中には小刀さえ用意していたと言うのである・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 場所は――前記のは、桂川を上る、大師の奥の院へ行く本道と、渓流を隔てた、川堤の岐路だった。これは新停車場へ向って、ずっと滝の末ともいおう、瀬の下で、大仁通いの街道を傍へ入って、田畝の中を、小路へ幾つか畝りつつ上った途中であった。 ・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・我野、川越、熊谷、深谷、本庄、新町以上合せて六路の中、熊谷よりする路こそ大方は荒川に沿いたれば、我らが住家のほとりを流るる川の水上と思うにつけて興も多かるべけれと択び定め来しが、今この岐路にしるべの碑のいと大きなるが立てられたるを見ては、あ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 案内記が詳密で正確であればあるほど、これに対する信頼の念が厚ければ厚いほど、われわれは安心して岐路に迷う事なしに最少限の時間と労力を費やして安全に目的地に到着することができる。これに増すありがたい事はない。しかしそれと同時についその案・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・ 拳闘場の鉄梯子道の岐路でこの二人が出会っての対話の場面と、最後に監獄の鉄檻の中で死刑直前に同じ二人が話をする場面との照応にはちょっとしたおもしろみがある。 ゲーブルの役の博徒の親分が二人も人を殺すのにそれが観客にはそれほどに悪逆無・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・紛糾した可能性の岐路に立ったときに、取るべき道を誤らないためには前途を見透す内察と直観の力を持たなければならない。すなわちこの意味ではたしかに科学者は「あたま」がよくなくてはならないのである。 しかしまた、普通にいわゆる常識的にわかりき・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・このような疑問の岐路に立ってある人は何の躊躇もなく一つの道をとる。そして爪先下りのなだらかな道を下へ下へとおりて行く、ある人はどこまでも同じ高さの峰伝いに安易な心を抱いて同じ麓の景色を眺めながら、思いがけない懸崖や深淵が路を遮る事の可能性な・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・このように連句の場合では1と4が緩徐であるのに、音楽のほうでは1と4が急テンポである事自身がまたわれわれにおもしろい問題を提供するのであるが、これについてはあまりに岐路に入ることになるのでここには述べない。ただこの比較から得らるる一つの暗示・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫