・・・一本の木の枯れることは極めて区々たる問題に過ぎない。無数の種子を宿している、大きい地面が存在する限りは。 或夜の感想 眠りは死よりも愉快である。少くとも容易には違いあるまい。 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ そして、海の中に身を投げて死ぬほどの勇気もなく、いたずらに、醜く年を取って木の枯れるように死んでしまうことが、その美しい死に較べたら、どんなにか陰気で、また暗い事実でありましたでしょう? 日が沈むころになると、毎日のように、海岸を・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・あの岩から引き離されたときは、枯れると思ったのがこうして生きるばかりでなく、あのあらしから、吹雪から、もう、まったく安心なのだ。なんという人間は、神以上の力を持っていることだろう。」 しんぱくは、人間を偉いと思いました。ここへくる人たち・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・その一生のつとめを終ってしまった樹木が、だん/\に、どこからともなく枯れかけて、如何なる手段を施しても、枯れるものを甦らすことは出来ないように死んでしまった。 土地も借金も同時になくなってしまったことを僕は喜んだ。せい/\とした。虹吉は・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・捨てりゃ、ネギでも、しおれて枯れる、ってさ。」「なんだ、身の上話はつまらん。コップを借してくれ。これから、ウイスキイとカラスミだ。うん、ピイナツもある。これは、君にあげる。」怪力 田島は、ウイスキイを大きいコップで、ぐ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・浮塵子に似た緑色の小さい虫が、どの薔薇にも、うようよついていたのを、一匹残さず除去してやった。枯れるな、枯れるな、根を、おろせ。胸をわくわくさせて念じた。薔薇は、どうやら枯れずに育った。 私は、朝、昼、晩、みれんがましく、縁側に立って垣・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・とにかく去年などは幾株かのばらとつつじを綺麗に坊主にしてしまわれた。枯れるかと思ったら存外枯れもしないで、今年の春の日光を受けるとまた正直に若芽を吹き出して来た。今にまた例の青虫が出るだろうと思って折々気をつけて見るが、今年はどうしたのか、・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・これでは木の枯れることはいうまでもない。この年の秋の頃に鶸の雌が一羽来て頻りに籠のぐるりを飛んで居たのがあったので、それをつかまえて大鳥籠に入れてやった。その後キンカ鳥の雄が死んだので、あとから入れたキンパラの雄でもあろうか、それがキンカ鳥・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯れるやつも枯れないやつもあるよ。苹果や梨やまるめろや胡瓜はだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷やだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」 又三郎はちょっと話をやめました。耕一もすっかり・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ええと、陸稲が枯れるんですか。」農民二「はあ、斯う言うにならんす。」爾薩待「ああ、なるほど、これはね、こいつはね、あんまり乾き過ぎたという訳でもない、また水はけの悪いためでもない。」農民二「はあ、全ぐその通りだんす。」爾薩待・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
出典:青空文庫