・・・大なるが故に陽の部に入り、女子は静にして小弱なるが故に陰なりなど言う理窟もあらんかなれども、仮りに一説を作り、女子の顔の麗くして愛嬌溢るゝ許りなるは春の花の如くなるに反して、男子の武骨殺風景なるは秋水枯木に似たり。而して春は陽、秋は陰なるが・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・斯る有様にては、仮令いその子を天下第一流の人物、第一流の学者たらしめんと欲するの至情あるも、人にいわれぬ至情にして、おそらくは事実には行われ難からん。枯木に花を求むるとはこの事なり。 そもそも前にもいえる如く、余輩の所見とて必ずしも天下・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・黒い不潔極まる水面から黒い四角な箱みたいな工場が浮島のように見える。枯木が一本どうしたわけかその工場の横に突立っている。往来近いところは長い乱れた葦にかくされているが、向う側の小店の人間が捨てる必要のある総ての物――錆腐った鍋、古下駄から魚・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ ○兀突と結晶体のような山骨 ○山麓のスロープから盆地に向って沢山ある低い人家 ○山嶺から滝なだれに氷河のような雪溪がながれ下って居る。 ○枯木雪につつまれた山肌 茶と色との配色 然し女性的な結晶のこまかさというようなものあ・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・ 稲の刈りあとと桑の枯木 田の稲の刈り取られたままひからびた様子は淋しい気持がするものだと先からの人達は云って居る。けれ共二十本ほどずつ一っかたまりになってゴチゴチになって行列を作ってチョキンとなって居るのは淋しい中・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・先月二十七日に来た時、東公園と呼ばれる一帯の丘陵はまだ薄すり赤みを帯びた一面の茶色で、枯木まじりに一本、コブシが咲いていた。その白い花の色が遠目に立った。やがて桜が咲いて散り、石崖の横に立つ何だかわからない二丈ばかりの木が、白い蕾を膨らませ・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・光君は、あんな枯木のようになった、血もなんにも流れていないような母君にどうして私の思って居る事を私の満足するようにすることが出来るはずがないと思いながらそのつやのない墨色を見て居ると、「御返事をなさらないんでございますか、何とか申し上げ・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 台所の炉には枯木をうずたかくつんでボンボンもやして居る。もう少しして来て呉れる雪見舞の百姓共をすぐ暖めてやれる仕度である。あばれて気むらな、降り様をした雪なので四辺の様子に、美くしさなどと云うものは少しもない。或る処は、まっ白い海の様・・・ 宮本百合子 「農村」
「どうもめっきりよわったもんだ」 男は枯木の様に血の色もなく、力もなく、只かすかに、自分の足と云うだけの感じは有る二本の足をつめながら一人ごとを云う。 のびのびとした、ねぼけたような春の日光は縫目にしらみの行列の有りそうな袷・・・ 宮本百合子 「ピッチの様に」
・・・河は激しい音を立てて濁り出す。枯木は山の方から流れて来る。「雨、こんこん降るなよ。 屋根の虫が鳴くぞよ。」 灸は柱に頬をつけて歌を唄い出した。蓑を着た旅人が二人家の前を通っていった。屋根の虫は丁度その濡れた旅人の蓑のよう・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫