・・・年とって、感情が涸渇し、たゞ利害のみに敏く、羞恥をすら感ぜぬようになって、醜悪の姿をいつまでも晒らすものでない。こう真に、考えたことも、やはり、当時であったのでした。 たとえ、其の人の事業は、年をとってから完成するものだとはいうものゝ、・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・私の生命力といったようなものが、涸渇してしまったのであろうか? 私は他人の印象から、どうかするとその人の持ってる生命力とか霊魂とかいったものの輪郭を、私の気持の上に描くことができるような気のされる場合があるが、それが私自身のこととなると、私・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・のどが、からから枯渇して、くろい煙をあげて焼けるほどに有名を欲しました。海野三千雄といえば、ひところ文壇でいちばん若くて、いい小説もかいていました。その夜から、私、学生服を着ている時のほかには、どこへ行っても、海野三千雄で、押しとおさなけれ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・既に材料が枯渇して、何も書けなくなっていた。その頃の文壇は私を指さして、「才あって徳なし」と評していたが、私自身は、「徳の芽あれども才なし」であると信じていた。私には所謂、文才というものは無い。からだごと、ぶっつけて行くより、てを知らなかっ・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・空想力が枯渇すれば、この本をひらく。たちまち花、森、泉、恋、白鳥、王子、妖精が眼前に氾濫するのだそうであるが、あまりあてにならない。この次女の、する事、為す事、どうも信用し難い。ショパン、霊感、足のバプテスマ、アアメン、「梅花」、紫式部、春・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ドリスが端倪すべからず、涸渇することのない生活の喜びを持っているのが、こんな時にも発揮せられる。この宴会に来たものは、永くその面白さを忘れずにいて、ポルジイが柄にない、気の利いた事をして、のん気に歓楽を極めているのを羨んだ。 こんな風に・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ それとほぼ同じようなわけで、もはや青春の活気の源泉の枯渇しかけた老年者が、映画の銀幕の上に活動する花やかに若やいだキュテーラの島の歓楽の夢や、フォーヌの午後の甘美な幻を鑑賞することによって、若干生理的に若返るということも決して不可能で・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・またわれわれの科学的想像力の枯渇した場合に啓示の霊水をくむべき不死の泉である。また知識の中毒によって起こった壊血症を治するヴィタミンである。 現代科学の花や実の美しさを賛美するわれわれは、往々にしてその根幹を忘却しがちである。ルクレチウ・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・ 幾百年の過去から、恐ろしい伝統、宿命を脱し切れずにいる、所謂為政者等は、彼等の人間的真情の枯渇に、何かの弁明を見出すかもしれない。けれども、私共、平の人間、真心を以て人間の生活、真の人生と云うものを掴握しようとする者が、互に生きている・・・ 宮本百合子 「アワァビット」
・・・それは従来のプロレタリア文化・文学運動は、その指導者であった蔵原惟人、小林多喜二、宮本顕治らの政治主義的偏向によって、文化活動から政治活動へ追いこまれ、創造力を枯渇させ云々という筋であった。 その後の十余年間に、文学に心をよせる人々が読・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
出典:青空文庫