・・・悠々とアビトの裾を引いた、鼻の高い紅毛人は、黄昏の光の漂った、架空の月桂や薔薇の中から、一双の屏風へ帰って行った。南蛮船入津の図を描いた、三世紀以前の古屏風へ。 さようなら。パアドレ・オルガンティノ! 君は今君の仲間と、日本の海辺を歩き・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・しかし旭窓だの夢窓だのと云うのは全然架空の人物らしかった。そう云えば確か講釈師に南窓と云うのがあったなどと思った。しかし子供の病気のことは余り心にもかからなかった。それが多少気になり出したのはSさんから帰って来た妻の言葉を聞いた時だった。「・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・この故に又至る処に架空の敵ばかり発見するものである。 S・Mの智慧 これは友人S・Mのわたしに話した言葉である。 弁証法の功績。――所詮何ものも莫迦げていると云う結論に到達せしめたこと。 少女。――どこまで行って・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・僕は機械的にしゃべっているうちにだんだん病的な破壊慾を感じ、堯舜を架空の人物にしたのは勿論、「春秋」の著者もずっと後の漢代の人だったことを話し出した。するとこの漢学者は露骨に不快な表情を示し、少しも僕の顔を見ずに殆ど虎の唸るように僕の話を截・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・これは架空的の宗教よりも強く、また何等根拠のない道徳よりももっと強くその子供の上に感化を与えている。神を信ずるよりも母を信ずる方が子供に取っては深く、且つ強いのである。実に母と子の関係は奇蹟と云っても可い程に尊い感じのするものであり、また強・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・ 童話は、空想的産物なるが故にそれだけ現実と共闘し、現実性を帯びなければならぬ筈なるに、これまでの作家は、童話はお伽噺であり、お伽噺は、所詮架空を材料とした作品なりとの理由をもって、現実から出来るだけ離脱しようとしたのであります。そして・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・話そのものは味が淡く、一見私小説風のものだが、私はふとこれは架空の話ではないかと思った。 武田さんが死んでしまった今日、もうその真偽をただすすべもないが、しかし、武田さんともあろう人が本当にあった話をそのまま淡い味の私小説にする筈がない・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・という作品は、全部架空の話だが、これを読者に実在と想わせるのが成功だろうか、架空と想わせるのが成功だろうか、むつかしい問題だ。 これからの文学は、五十代、四十代、三十代、二十代……とはっきりわけられる特徴をそれぞれ持つようになるだろ・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・すると木蓮によく似た架空的な匂いまでわかるような気がするんです」「あなたはいつでもそうね。わたしは柿はやっぱり柿の方がいいわ。食べられるんですもの」と言って母は媚かしく笑った。「ところがあれやみんな渋柿だ。みな干柿にするんですよ」と・・・ 梶井基次郎 「闇の書」
・・・街上には電線や電車の架空線がもつれ下っている下に、電車や自動車の焼けつくした、骨ばかりのがぺちゃんこにつぶれています。風がふくたびに、こげくさい灰土がもうもうとたって目もあけていられないくらいです。二日三日なぞはその中をいろいろのあわれなす・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
出典:青空文庫