・・・そしてさらにその中に踏み込んで染色体の内部に親と子の生命の連鎖をつかもうとして骨を折っている。物理学者や化学者は物質を磨り砕いて原子の内部に運転する電子の系統を探っている。そうして同一物質の原子の中にある或る「個性」の胚子を認めんとしている・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・それが洗い晒されて昔を忍ぶ染色は見るかげなく剥げていた。青いものは川端の柳ばかり、蝉の声をも珍しがる下町の女の身の末が、汽車でも電車でも出入りの不便な貧しい場末の町に引込んで秋雨を聴きつつ老い行く心はどんなであろう……何の気なしに思いつくと・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・一 身の荘も衣裳の染色模様抔も目にたゝぬ様にすべし。身と衣服との穢ずして潔なるはよし。勝て清を尽し人の目に立つ程なるは悪し。只我身に応じたるを用べし。 身の装も衣裳の染色模様なども目に立たぬようにして唯我身に応じたる・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・何かの染色がとけて氷の中の水は緑っぽく見えた。 岸に上って見渡すと氷の上にある人間の姿はどれも黒く小さく、遠くにちらほらスケートしているものの顔だけぽっつり薔薇色である。発電所の煙突からは黒い太い煙が真直上った。 日本女は凍ったモス・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・性別は染色体の問題であることを私達は知っている。染色体はそれを包蔵する細胞の健康状態と勿論結びついた関係にある。互に、夫は妻を強度のヒステリーと呼び、妻はその夫を性格破産者類似のものとして公表するような今日の増田氏の夫婦関係は、果して二十八・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・ ひとの話では、染色の技法は今日或る転機に面しているそうだ。これまでは、刺繍だの金銀泥が好きなだけつかえて、染料の不足もなかったから、玄人とすればいろいろ技法を補い誇張する手段があった。ところが、統制になって、そういう補助の手段が減って・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・第一、絵巻を見ても分るように、庶民の女は髪を藁わらしべや紙で結え、染色を使わない着物を着て、殆んど裸足で働いて暮した。そして京都の辻には行倒れが絶えず、女乞食が宮廷の庭へまで入って来るような極端な貧しさの中で文盲であった。紫式部達が物語を書・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫