・・・「私儀柔弱多病につき、敵打の本懐も遂げ難きやに存ぜられ候間……」――これがその仔細の全部であった。しかし血に染んだ遺書の中には、もう一通の書面が巻きこんであった。甚太夫はこの書面へ眼を通すと、おもむろに行燈をひき寄せて、燈心の火をそれへ移し・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ が、方頷粗髯の山本権兵衛然たる魁偉の状貌は文人を青瓢箪の生白けた柔弱男のシノニムのように思う人たちをして意外の感あらしめた。二葉亭の歿後知人は皆申合わしたように二葉亭の風がいわゆる小説家型でなかった初対面の意外な印象を語っておる。その・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・その私の繰り返し繰り返し言った忠告が効を奏したのか、あるいは、かのシェパアドとの一戦にぶざまな惨敗を喫したせいか、ポチは、卑屈なほど柔弱な態度をとりはじめた。私といっしょに路を歩いて、他の犬がポチに吠えかけると、ポチは、「ああ、いやだ、・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・「だから柔弱でいけない。僕なぞは学資に窮した時、一日に白米二合で間に合せた事がある」「痩せたろう」と碌さんが気の毒な事を聞く。「そんなに痩せもしなかったがただ虱が湧いたには困った。――君、虱が湧いた事があるかい」「僕はないよ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・とかく柔弱たがる金縁の眼鏡も厭味に見えず、男の眼にも男らしい男振りであるから、遊女なぞにはわけて好かれそうである。 吉里が入ッて来た時、二客ともその顔を見上げた。平田はすぐその眼を外らし、思い出したように猪口を取ッて仰ぐがごとく口へつけ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫