・・・と云う僕の短篇の校正刷を読んでくれたりした。……… そのうちにいつかO君は浪打ち際にしゃがんだまま、一本のマッチをともしていた。「何をしているの?」「何ってことはないけれど、………ちょっとこう火をつけただけでも、いろんなものが見・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・その登志雄が与志雄と校正されたのは、豊島に会ってからの事だったと思う。 初めて会ったのは、第三次の新思潮を出す時に、本郷の豊国の二階で、出版元の啓成社の人たちと同人との会があった、その時の事である。一番隅の方へひっこんでいた僕の前へ、紺・・・ 芥川竜之介 「豊島与志雄氏の事」
・・・今では或雑誌社の二階に、校正の朱筆を握っている。が、彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼を思い出す事がある。全然何の理由もないのに?――塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
良平はある雑誌社に校正の朱筆を握っている。しかしそれは本意ではない。彼は少しの暇さえあれば、翻訳のマルクスを耽読している。あるいは太い指の先に一本のバットを楽しみながら、薄暗いロシアを夢みている。百合の話もそう云う時にふと・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・ そこでしばらく立って読んで見ていると、校正の間違いなども大分あるようだから、旁々ここに二度の勤めをするこの小説の由来も聞いてみたし、といって、まだ新聞社に出入ったことがないので、一向に様子もわからず、遠慮がち臆病がちに社に入って見ると・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・改造の編輯者は大日本印刷へ出張校正に行ってみんな留守だった。 改造社を出ると空車が通りかかったので、それに乗って大日本印刷へ行った。四階でエレヴェーターを降りると、エレヴェーターのすぐ前が改造の校正室だった。 はいって行くと、きかぬ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・勿論私の入智慧、というほどのたいしたことではないけれど、しかしそんな些細なことすら放って置けばあの人は気がつかず、紙質、活字の指定、見本刷りの校正まで私が眼を通した。それから間もなく私は、さきに書いたような、金銭に関するあの人の悪い癖を聞い・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・というかなり有名らしい同人雑誌の仲間ではあり、それにまた兄には、その詩がとても自慢のものらしく、町の印刷所で、その詩の校正をしながら、「あかいカンナの花でした。私の心に似ています。」と、変な節をつけて歌い出す仕末なので、私にもなんだか傑作の・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・めくら草子の校正たしかにいただきました。御配慮恐入ります。只今校了をひかえ、何かといそがしくしております。いずれ。匆々。相馬閏二。」 月日。「近頃、君は、妙に威張るようになったな。恥かしいと思えよ。いまさら他の連中なんかと比較し・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・のままなら、死ぬるよりほかに路がない。この日、濁ったことをしたので、ざまを見ろ、文章のきたなさ下手くそ。 檀一雄氏来訪。檀氏より四十円を借りる。 月 日。 短篇集「晩年」の校正。この短篇集でお仕舞いになるのではないかしらと、・・・ 太宰治 「悶悶日記」
出典:青空文庫