・・・僕は彼等の関係を肯定してやる根拠の一半を失ったのだから、勢い、前のような好意のある眼で、彼等の情事を見る事が出来なくなってしまったのだ。これは確か、君が朝鮮から帰って来た頃の事だったろう。あの頃の僕は、いかにして妻の従弟から妻を引き離そうか・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 疱瘡の色彩療法は医学上の根拠があるそうであるが、いつ頃からの風俗か知らぬが蒲団から何から何までが赤いずくめで、枕許には赤い木兎、赤い達磨を初め赤い翫具を列べ、疱瘡ッ子の読物として紅摺の絵本までが出板された。軽焼の袋もこれに因んで木兎や・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・これは架空的の宗教よりも強く、また何等根拠のない道徳よりももっと強くその子供の上に感化を与えている。神を信ずるよりも母を信ずる方が子供に取っては深く、且つ強いのである。実に母と子の関係は奇蹟と云っても可い程に尊い感じのするものであり、また強・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・ これを要するに、兎が餅を搗いているといった時代の子供の知識はその生活状態と調和していたがために、何等不自然を感ずることなく、その話の中に引入れられたのであるが、いまの子供達の知識はかゝる現実に根拠を有しない空想を拒否するがために他あ・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・しかし、僕かて石油がなんぜ肺にきくかちゅうことの科学的根拠ぐらいは知ってまっせ。と、いうのは外やおまへん。ろくろ首いうもんおまっしゃろ。あの、ろくろ首はでんな、なにもお化けでもなんでもあらへんのでっせ。だいたい、このろくろ首いうもんは、苦界・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・は、効能が現われるという信念なり期待なりを持っていると、つい相手の何でもない素振りが自分に惚れ出した証拠だと錯覚して、そのため自分の方でそれにひきつられてしまうのではあるまいかと、私はその効能に心理的根拠を与えたいのである。 ところが、・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・またそれが客観的に最上であるにしたところで、どんな根拠でそうなのか、それは非常に深遠なことと思います。どうして人間の頭でそんなことがわかるものですか。――これがK君の口調でしたね。何よりもK君は自分の感じに頼り、その感じの由って来たる所を説・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・しかしある人の倫理学はその人の一般哲学根拠の上に築かれないものはないから、倫理学の研究は哲学及び哲学史の研究に伴わねばならぬのはいうまでもない。しかしここではそれには触れない。 倫理学の根本問題と倫理学史とを学ぶときわれわれは人間存在と・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・そして恋愛と結婚との真実の根拠はこの運命的な恋愛のみの上にあるのであって、その他は善悪とも付加条件にすぎないのである。この相手の女性は美しいから、善いから、好都合だから私の妻なのではない。二人の恋愛の中に運命を見たから、二人は夫婦なのだ。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・近代の知性は冷やかに死後の再会というようなことを否定するであろうが、この世界をこのアクチュアルな世界すなわち娑婆世界のみに限るのは絶対の根拠はなく、それがどのような仕組みに構成されているかということは恐らく人知の意表に出るようなことがありは・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
出典:青空文庫