・・・風習と聞いては予は其美風に感嘆せざるを得ない、始めて此の如き美風を起せる人は如何なる大聖なりしか、勿論民族の良質に基くもの多からんも、又必ずや先覚の人あって此美風の養成普及に勉めたに相違あるまい、栽培宜しきを得れば必ず菓園に美菓を得る如・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ 二人は、りんご樹の手入れをしたり、栽培をしたりして、そこでしばらくいっしょに暮らすことになりました。二人のほかにも、いろいろな人が雇われていました。若者は、金や、銀に、象眼をする術や、また陶器や、いろいろな木箱に、樹木や、人間の姿を焼・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・ また、林檎を栽培し、蜜柑、梨子、柿を完全に成熟さして、それを摘むまでに、どれ程の労力を費したか。彼等は、この辛苦の生産品を市場にまで送らなければならないのです。 都会人のある者は、彼等の辛苦について、労働については、あまり考えない・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・説――云云と、おたがいの腹の底のどこかしらで、ゆるせぬ反撥、しのびがたき敵意、あの小説は、なんだい、とてんから認めていなかったのだから、うまく折合う道理はなし、或る日、地平は、かれの家の裏庭に、かねて栽培のトマト、ことのほか赤く粒も大なるも・・・ 太宰治 「喝采」
・・・黒薔薇栽培にも一家言を持っていた。王位についてみても、かれには何だか居心地のわるい思いであった。恐縮であった。むやみ矢鱈に、特赦大赦を行った。わけても孤島に流されているアグリパイナと、ネロの身の上を恐ろしきものに思い、可哀そうでならぬから、・・・ 太宰治 「古典風」
・・・少なくも仮りに私が机の上で例えば大根の栽培法に関する書物を五、六冊も読んで来客に講釈するか、あるいは神田へ行って労働問題に関する書物を十冊も買い込んで来て、それについて論文でも書くとすればどうだろう。つまりはヘレン・ケラーが雪景色を描き、秋・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・ところが、その家の庭に咲き誇った夕顔をせせりに来る蛾の群れが時々この芳紀二八の花嫁をからかいに来る、そのたびに花嫁がたまぎるような悲鳴を上げてこわがるので、むすこ思いの父親はその次の年から断然夕顔の栽培を中止したという実例があるくらいである・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・夫婦暮らしで比較的閑散な田園生活を送っている甥が、西洋草花を栽培しているのは自然な事だと思うだけではなんだか物足りないように思われるのであった。 堅吉はすぐ甥にあててはがきを書いて、受取と礼の言葉を述べた末に、手跡の不思議と球根の系図に・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・詳細な事実は確かでないが、なんでもさるかに合戦の話に出て来るさるが資本家でかにが労働者だということになっており、かにの労働によって栽培した柿の実をさる公が横領し搾取することになるそうである。なるほどそう言えば、そうも言われるかもしれない。し・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・ 畑に栽培されている植物の色が一切れごとにそれぞれ一つも同じものはない。打ち返されて露出している土でも乾燥の程度や遠近の差でみんなそれぞれに違った色のニュアンスがある。それらのかなりに不規則な平面的分布が、透視法という原理に統一されて、・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
出典:青空文庫