・・・「嚊の事なんぞを案じるよりゃ、お前こそ体に気をつけるが好い。何だかこの頃はいつ来て見ても、ふさいでばかりいるじゃないか?」「私はどうなっても好いんですけれど、――」「好くはないよ。」 お蓮は顔を曇らせたなり、しばらくは口を噤・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・気さえ確になりゃ、何お前案じるほどの容体じゃあねえんだぜ。」と、七兵衛は孫をつかまえて歩行は上手の格で力をつける。 蒲団の外へは顔ばかり出していた、裾を少し動かしたが、白い指をちらりと夜具の襟へかけると、顔をかくして、「私、………」・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・すると案じるより産が安いで、長い間こうやって一所に居るが、お前様の断念の可いには魂消たね。思いなしか、気のせいか、段々窶れるようには見えるけんど、ついぞ膝も崩した事なし、整然として威勢がよくって、吾、はあ、ひとりでに天窓が下るだ、はてここい・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・ ですが親父が帰って来て案じるといけませんから、あまり遠くへは出られませぬ。と光代は浮足。なに、お部屋からそこらはどこもかしこも見通しです。それに私もお付き申しているから、と言っても随分怪しいものですが、まあまあお気遣いのようなことは決・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・を思い出してそれを足場にした付け句を案じるであろう。そうしてその時同時に頭に浮かんだ「箸」の心像をそこで抑圧しておくと、それがその後の付け句の場合にひょっくり浮かび上がって来て何かの材料になることもありうるであろう。 こういう事は古人の・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・六 観劇は案じるよりも産みやすかった。 季節が秋に入っていたので、夜の散歩には、どうかするとセルに袷羽織を引っかけて出るほどで、道太はお客用の褞袍を借りて着たりしていたが、その日はやはり帷子でも汗をかくくらいであった。・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・あらかじめ無事に収まる地震の分ってる奴等が、慌てて逃げ出す必要があって、生命が危険だと案じる俺達が、密閉されてる必要の、そのわけを聞こうじゃないか。 ――誰が遁げ出したんだ。 ――手前等、皆だ。 ――誰がそれを見た? ――ハ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・日本の読者の心にもジョボロ少佐のその後を案じる現実的なヒューマニティーは目ざめつつあるのである。「アダノの鐘」の訳者杉本喬氏が、ジョボロ少佐をめぐる軍人たちの言葉{に旧日本軍隊の言葉}をつかっておられることは適切でない。そうしないと、軍・・・ 宮本百合子 「「ヒロシマ」と「アダノの鐘」について」
出典:青空文庫