・・・「ヒ、ヒ、ヒ、空ざまに、波の上の女郎花、桔梗の帯を見ますと、や、背負守の扉を透いて、道中、道すがら参詣した、中山の法華経寺か、かねて御守護の雑司ヶ谷か、真紅な柘榴が輝いて燃えて、鬼子母神の御影が見えたでしゅで、蛸遁げで、岩を吸い、吸い、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・「……宿に、桔梗屋とした……瞬きする。「で、朱塗の行燈の台へ、蝋燭を一挺、燃えさしのに火を点して立てたのでございます。」 と熟と瞻る、とここの蝋燭が真直に、細りと灯が据った。「寂然としておりますので、尋常のじゃない、と何とな・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・「そうか、その木戸の前に、どこか四ツ谷辺の縁日へでも持出すと見えて、女郎花だの、桔梗、竜胆だの、何、大したものはない、ほんの草物ばかり、それはそれは綺麗に咲いたのを積んだまま置いてあった。 私はこう下を向いて来かかったが、目の前をち・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・白い桔梗と、水紅色の常夏、と思ったのが、その二色の、花の鉄線かずらを刺繍した、銀座むきの至極当世な持もので、花はきりりとしているが、葉も蔓も弱々しく、中のものも角ばらず、なよなよと、木魚の下すべりに、優しい女の、帯の端を引伏せられたように見・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・傍に青芒が一叢生茂り、桔梗の早咲の花が二、三輪、ただ初々しく咲いたのを、莟と一枝、三筋ばかり青芒を取添えて、竹筒に挿して、のっしりとした腰つきで、井戸から撥釣瓶でざぶりと汲上げ、片手の水差に汲んで、桔梗に灌いで、胸はだかりに提げた処は、腹ま・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・白菊黄菊、大輪の中に、桔梗がまじって、女郎花のまだ枯れないのは、功徳の水の恵であろう、末葉も落ちず露がしたたる。 時に、腹帯は紅であった。 渠が詣でた時、蝋燭が二挺灯って、その腹帯台の傍に、老女が一人、若い円髷のと睦じそうに拝んでい・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・露の垂りそうな円髷に、桔梗色の手絡が青白い。浅葱の長襦袢の裏が媚かしく搦んだ白い手で、刷毛を優しく使いながら、姿見を少しこごみなりに覗くようにして、化粧をしていた。 境は起つも坐るも知らず息を詰めたのである。 あわれ、着た衣は雪の下・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ ゆかただか、羅だか、女郎花、桔梗、萩、それとも薄か、淡彩色の燈籠より、美しく寂しかろう、白露に雫をしそうな、その女の姿に供える気です。 中段さ、ちょうど今居る。 しかるに、どうだい。お米坊は洒落にも私を、薄情だというけれど、人・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・そして宗右衛門町の桔梗屋という家に上り、文子を呼んでもらうと、文子は十日ほど前にレコード会社の重役に引かされて東京へ行かはった。レコードに吹きこまはるいうことでっせと言う返辞。私は肝をつぶし、そしてカッとなりましたが、その腹の虫を押えるため・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・耳を澄まして注意をしていると、夏になると同時に、虫が鳴いているのだし、庭に気をくばって見ていると、桔梗の花も、夏になるとすぐ咲いているのを発見するし、蜻蛉だって、もともと夏の虫なんだし、柿も夏のうちにちゃんと実を結んでいるのだ。 秋は、・・・ 太宰治 「ア、秋」
出典:青空文庫