・・・その感情は喉を詰らせるようになって来、身体からは平衝の感じがだんだん失われて来、もしそんな状態が長く続けば、そのある極点から、自分の身体は奈落のようなもののなかへ落ちてゆくのではないかと思われる。それも花火に仕掛けられた紙人形のように、身体・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・それがある極点にまで達しようとするとき、突如ごおっという音が足下から起こる。それは杉林の切れ目だ。ちょうど真下に当る瀬の音がにわかにその切れ目から押し寄せて来るのだ。その音は凄まじい。気持にはある混乱が起こって来る。大工とか左官とかそういっ・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・大犯罪を遂行するものの如く、心中の不安、緊張は、極点にまで達した。身のほど知らぬぜいたくのようにも思われ、犯罪意識がひしひしと身にせまって、私は、おとといは朝から、意味もなく庭をぐるぐる廻って歩いたり、また狭い部屋の中を、のしのし歩きまわっ・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・憤怒こそ愛の極点。」「いかって、とくした人ないと古老のことばにもある。じたばた十年、二十年あがいて、古老のシンプリシティの網の中。はははは。そうして、ふり仮名つけたのは?」「はい。すこし、よすぎた文章ゆえ、わざと傷つけました。きざっ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・私の不安は極点にまで達した。私は自分の三十三年の生涯を、こまかに調べた。残念ながら、あるのだ。サタンにへつらっていた一時期が、あるのだ。それに思い当った時、私はいたたまらず、或る先輩のお宅へ駈けつけた。「へんな事を言うようですけど、僕が・・・ 太宰治 「誰」
・・・からは、女子は弱いなどとは言わせません、なにせ同権なのでございますからなあ、実に愉快、なんの遠慮も無く、庇うところも無く、思うさま女性の悪口を言えるようになって、言論の自由のありがたさも、ここに於いて極点に達した観がございまして、あの婆さん・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・昨秋、友人の遭難を聞いて、私の畜犬に対する日ごろの憎悪は、その極点に達した。青い焔が燃え上るほどの、思いつめたる憎悪である。 ことしの正月、山梨県、甲府のまちはずれに八畳、三畳、一畳という草庵を借り、こっそり隠れるように住みこみ、下手な・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・ 恥ずかしさが極点に達すると勝治はいつも狂ったみたいに怒るのである。怒られる相手は、きまって節子だ。風の如くアトリエを飛び出し、ちくしょうめ! ちくしょうめ! を連発しながら節子を捜し廻り、茶の間で見つけて滅茶苦茶にぶん殴った。「ご・・・ 太宰治 「花火」
・・・ 七月、暑熱は極点に達した。畳が、かっかっと熱いので、寝ても坐っても居られない。よっぽど、山の温泉にでも避難しようかと思ったが、八月には私たち東京近郊に移転する筈になっているし、そのために少しお金を残して置かなければならないのだから、温・・・ 太宰治 「美少女」
・・・嘘の三郎の嘘の火焔はこのへんからその極点に達した。私たちは芸術家だ。王侯といえども恐れない。金銭もまたわれらに於いて木葉の如く軽い。 太宰治 「ロマネスク」
出典:青空文庫