・・・刻のある黒檀の大きな書棚、鏡のついた大理石の煖炉、それからその上に載っている父親の遺愛の松の盆栽――すべてがある古い新しさを感じさせる、陰気なくらいけばけばしい、もう一つ形容すれば、どこか調子の狂った楽器の音を思い出させる、やはりあの時代ら・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・その両側にはいろいろな楽器を持った坊さんが、一列にずっと並んでいる。奥の方には、柩があるのであろう。夏目金之助之柩と書いた幡が、下のほうだけ見えている。うす暗いのと香の煙とで、そのほかは何があるのだかはっきりしない。ただ花輪の菊が、その中で・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・ すると、向うの家の二階で、何だか楽器を弾き出した。始はマンドリンかと思ったが、中ごろから、赤木があれは琴だと道破した。僕は琴にしたくなかったから、いや二絃琴だよと異を樹てた。しばらくは琴だ二絃琴だと云って、喧嘩していたが、その中に楽器・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・その又端巾は言い合せたように細かい花や楽器を散らした舶来のキャラコばかりだった。 或春先の日曜の午後、「初ちゃん」は庭を歩きながら、座敷にいる伯母に声をかけた。「伯母さん、これは何と云う樹?」「どの樹?」「この莟のある樹。」・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・ そこで、欄干を掻い擦った、この楽器に別れて、散策の畦を行く。 と蘆の中に池……というが、やがて十坪ばかりの窪地がある。汐が上げて来た時ばかり、水を湛えて、真水には干て了う。池の周囲はおどろおどろと蘆の葉が大童で、真中所、河童の皿に・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・それらの男は、楽器を鳴らしたり、歌をうたったりしました。娘らは、いずれも美しく着飾って、これまでになくきれいに見えました。そしてテーブルの上には、いろいろの花が咲き乱れているばかりでなく、桃色のランプの外に緑色のランプがともって、楽園にきた・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ なんでも、いろいろと先生に聞いてみると、その国は、もっとも開けて、このほかにもいい音のする楽器がたくさんあって、その国にはまた、よくその楽器を鳴らす、美しい人がいるということである。で、露子は、そんな国へいってみたいものだ。どんなに開・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・もとよりなにひとつめぼしいものがなかったうちに、バイオリンが目立ちましたのですから、この松蔵にとってはなによりも大事な楽器を奪い去られてしまいました。そして、バイオリンは他のがらくたといっしょに車につけて、どこへか運び去られました。 車・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・必ずしも、それは、高価な楽器たるを要しない。また、それを弾ずる人の名手たるを要しない。無心に子供の吹く笛のごときであってもいゝ。また、林に鳴る北風の唄でもいゝ。小鳥の啼声でもいゝ。時に、私達は、恍惚として、それに聞きとられることがある。そし・・・ 小川未明 「名もなき草」
・・・むしろ、三度の飯を二度に減らしてまで弾かされるヴァイオリンという楽器を、子供心にのろわしく、恨めしく思っていた。父親はよく、「ヴァイオリンは悪魔の楽器だ」 と言い言いしていたが、悪魔とはどんなものであるかは良くは判らないままに、何と・・・ 織田作之助 「道なき道」
出典:青空文庫