・・・朱塗りの欄干が画いたように、折れ曲っている容子なぞでは、中々大きな構えらしい。そのまた欄干の続いた外には、紅い芙蓉が何十株も、川の水に影を落している。僕は喉が渇いていたから、早速その酒旗の出ている家へ、舟をつけろと云いつけたものだ。「さ・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・ 五、六丁線路を伝って、ちょっとした切崕を上がるとそこは農場の構えの中になっていた。まだ収穫を終わらない大豆畑すらも、枯れた株だけが立ち続いていた。斑ら生えのしたかたくなな雑草の見える場所を除いては、紫色に黒ずんで一面に地膚をさらけてい・・・ 有島武郎 「親子」
・・・人の知った名水で、並木の清水と言うのであるが、これは路傍に自から湧いて流るるのでなく、人が囲った持主があって、清水茶屋と言う茶店が一軒、田畝の土手上に廂を構えた、本家は別の、出茶屋だけれども、ちょっと見霽の座敷もある。あの低い松の枝の地紙形・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
成東の停車場をおりて、町形をした家並みを出ると、なつかしい故郷の村が目の前に見える。十町ばかり一目に見渡す青田のたんぼの中を、まっすぐに通った県道、その取付きの一構え、わが生家の森の木間から変わりなき家倉の屋根が見えて心も・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・「あったとも、君――後で収容当時の様子を聴いて見ると、僕等が飛び出した川からピー堡塁に至る間に、『伏せ』の構えで死んどるもんもあったり、土中に埋って片手や片足を出しとるもんもあったり、からだが離ればなれになっとるんもあった。何れも、腹を・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 尤もその頃は武家ですらが蓄妾を許され、町家はなお更家庭の道徳が弛廃していたから、さらぬだに放縦な椿岳は小林城三と名乗って別に一戸を構えると小林家にもまた妻らしい女を迎えた。今なら重婚であるが、その頃は門並が殆んど一夫多妻で、妻妾一つ家・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・まあ家でも持って、ちゃんと一所帯構えねえことにゃ女房の話も真剣事になれねえじゃねえか」「そりゃ、まあね」とお光は意を得たもののように頷いて見せる。「だが、向うは返事を急いででもいるのかい?」「向うはなに、別に急いでもいやしないけ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・何たることか裕然と構えて四杯も平げたのである。しかもあとお茶をすすり、爪楊子を使うとは、若気の至りか、厚顔しいのか、ともあれ色気も何もあったものではなく、Kはプリプリ怒り出して、それが原因でかなり見るべきところのあったその恋も無残に破れてし・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・中央に構えていた一人の水兵、これは酒癖のあまりよくないながら仕事はよくやるので士官の受けのよい奴、それが今おもしろい事を始めたところですと言う。何だと訊ねると、みんな顔を見合わせて笑う、中には目でよけいな事をしゃべるなと止める者もある。それ・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・ ○ 顔も大きいが身体も大きくゆったりとしている上に、職人上りとは誰にも見せぬふさふさとした頤鬚上髭頬髯を無遠慮に生やしているので、なかなか立派に見える中村が、客座にどっしりと構えて鷹揚にまださほどは居ぬ蚊を吾家から・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
出典:青空文庫