・・・その肖像画は彼が例のナポレオン一世の代りに、書斎の壁へ懸けて置きましたから、私も後に見ましたが、何でも束髪に結った勝美婦人が毛金の繍のある黒の模様で、薔薇の花束を手にしながら、姿見の前に立っている所を、横顔に描いたものでした。が、それは見る・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・妻は、模様も分らなくなった風呂敷を三角に折って露西亜人のように頬かむりをして、赤坊を背中に背負いこんで、せっせと小枝や根っこを拾った。仁右衛門は一本の鍬で四町にあまる畑の一隅から掘り起しはじめた。外の小作人は野良仕事に片をつけて、今は雪囲を・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 襖がすらりとあいたようだから、振返えると、あらず、仁右衛門の居室は閉ったままで、ただほのかに見える散れ松葉のその模様が、懐しい百人一首の表紙に見えた。 泉鏡花 「縁結び」
・・・ 日は暮れんとして空は又雨模様である。四方に聞ゆる水の音は、今の自分にはもはや壮快に聞えて来た。自分は四方を眺めながら、何とはなしに天神川の鉄橋を渡ったのである。 うず高に水を盛り上げてる天神川は、盛んに濁水を両岸に奔溢さしている。・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・不断も加賀染の模様のいいのなんか着せていろいろ身ぎれいにしてやるので誰云うともなく美人問屋と云ってその娘を見ようと前に立つ人はたえた事がない、丁度年頃なのであっちこっちからのぞみに母親もこの返事に迷惑して申しのべし、「手前よろしければかねて・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・晩年には益々昂じて舶来の織出し模様の敷布を買って来て、中央に穴を明けてスッポリ被り、左右の腕に垂れた個処を袖形に裁って縫いつけ、恰で酸漿のお化けのような服装をしていた事があった。この服装が一番似合うと大に得意になって写真まで撮った。服部長八・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・急に空の模様が変わって、近ごろにない大暴風雨となりました。ちょうど香具師が、娘をおりの中に入れて、船に乗せて、南の方の国へゆく途中で、沖にあったころであります。「この大暴風雨では、とても、あの船は助かるまい。」と、おじいさんと、おばあさ・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・浜子は蛇ノ目傘の模様のついた浴衣を、裾短かく着ていました。そのためか、私は今でも蛇ノ目傘を見ると、この継母を想いだして、なつかしくなる。それともうひとつ想いだすのは、浜子が法善寺の小路の前を通る時、ちょっと覗きこんで、お父つあんの出たはるの・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・綿入り二枚分と、胴着と襦袢……赤んぼには麻の葉の模様を着せるものだそうだから」……彼女は枕元で包みをひろげて、こう自分に言って聞かせた。「そうかねえ……」と、自分は彼女のニコニコした顔と紅い模様や鬱金色の小ぎれと見較べて、擽ったい気持を・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ 冷たい楓の肌を見ていると、ひぜんのようについている蘚の模様が美しく見えた。 子供の時の茣蓙遊びの記憶――ことにその触感が蘇えった。 やはり楓の樹の下である。松葉が散って蟻が匍っている。地面にはでこぼこがある。そんな上へ茣蓙を敷・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
出典:青空文庫