・・・実際模範的な開化の紳士だった三浦が、多少彼の時代と色彩を異にしていたのは、この理想的な性情だけで、ここへ来ると彼はむしろ、もう一時代前の政治的夢想家に似通っている所があったようです。「その証拠は彼が私と二人で、ある日どこかの芝居でやって・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・――そう云う彼の特色は、少くともこの老将軍には、帝国軍人の模範らしい、好印象を与えた容子だった。将軍はそこに立ち止まったまま、熱心になお話し続けた。「今打っている砲台があるな。今夜お前たちはあの砲台を、こっちの物にしてしまうのじゃ。そう・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ クララが十六歳の夏であった、フランシスが十二人の伴侶と羅馬に行って、イノセント三世から、基督を模範にして生活する事と、寺院で説教する事との印可を受けて帰ったのは。この事があってからアッシジの人々のフランシスに対する態度は急に変った。あ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 烏帽子もともにこの装束は、織ものの模範、美術の表品、源平時代の参考として、かつて博覧会にも飾られた、鎌倉殿が秘蔵の、いずれ什物であった。 さて、遺憾ながら、この晴の舞台において、紫玉のために記すべき振事は更にない。渠は学校出の女優・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・、新しい外国の文学にもいいところがあり、二者撰一という背水の陣は不要だという考え方もあろうが、しかし、あっちから少し、こっちから少しという風に、いいところばかりそろえて、四捨五入の結果三十六相そろった模範的美人になるよりは、少々歪んでいても・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・私は京都の高等学校へはいってから吸った。中学校時代は吸わなかった。真面目だったから吸わなかったのではない。私は模範生徒ではなかった。ことごとに学校と教師に反抗していたので、私の操行点は丁であった。自然、不良性を帯びた生徒たちのグループに近づ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・私は、おまえたちと、いつ迄も一緒にいることが出来ないかも知れぬから、いま、この機会に、おまえたちに模範を示してやったのだ。私のやったとおりに、おまえたちも行うように心がけなければならぬ。師は必ず弟子より優れたものなのだから、よく私の言うこと・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・彼は、役所に於いては、これまで一つも間違いをし出かさず、模範的な戸籍係りであり、また、細君にとっては模範的な亭主であり、また、老母にとっては模範的な孝行息子であり、さらに、子供たちにとっても、模範的なパパであった。彼は、酒も煙草もやらない。・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・ 私はこの玩具という題目の小説に於いて、姿勢の完璧を示そうか、情念の模範を示そうか。けれども私は抽象的なものの言いかたを能う限り、ぎりぎりにつつしまなければいけない。なんとも、果しがつかないからである。一こと理窟を言いだしたら最後、あと・・・ 太宰治 「玩具」
・・・操作きわめて拙劣の、小心翼々の三十五歳の老兵が、分会の模範としてほめられた事は、いかにも、なんとしても心苦しく、さすがの鉄面皮も、話ここに至っては、筆を投じて顔を覆わざるを得ないではないか。そうして、この建暦元年には、ようやく十二歳にな・・・ 太宰治 「鉄面皮」
出典:青空文庫