・・・芸術は、命令することが、できぬ。芸術は、権力を得ると同時に、死滅する。 あくる日、洋画を勉強している一友人が、三鷹の此の草舎に訪れて来て、私は、やがて前夜の大失態に就いて語り、私の覚悟のほども打ち明けた。この友人もまた、瀬戸内海の故郷の・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・駅員の不機嫌顔甚だしきも官線はやはり官線だけの権力とか云うものあるべしと、かしこみて願い奉りようよう切符を頂戴して立ちいずれば吹き上ぐる朝嵐に藁帽飛んでぬかるみを走る事数間、ようやく追い付きて取止めたれど泥にまみれてあまり立派ならぬ帽の更に・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・いわゆる多で、新思想を導いた蘭学者にせよ、局面打破を事とした勤王攘夷の処士にせよ、時の権力からいえば謀叛人であった。彼らが千荊万棘を蹈えた艱難辛苦――中々一朝一夕に説き尽せるものではない。明治の今日に生を享くる我らは維新の志士の苦心を十分に・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・評家は自己の得意なる趣味において専門教師と同等の権力を有するを得べきも、その縄張以外の諸点においては知らぬ、わからぬと云い切るか、または何事をも云わぬが礼であり、徳義である。 これらの条項を机の上に貼り附けるのは、学校の教師が、学校の課・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・少くとも国家を代表するかの如き顔をして万事を振舞うに足る位の権力家である。今政府の新設せんとする文芸院は、この点においてまさしく国家的機関である。従って文芸院の内容を構成する委員らは、普通文士の格を離れて、突然国家を代表すべき文芸家とならな・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・換言すれば、僕は権力主義者でもなく、英雄主義者でもなく、況んやツァラトストラの弟子でもない。僕は「心理学」と「文学」だけを彼に学んだ。僕の他の教師であるところの、ポオやドストイェフスキイやから、丁度その同じ学科だけを学んだやうに。 元来・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・お前には造作なくできるこった。お前には権力ってものがあるんだ。搾取機関と補助機関があるんだ。お前たちは、ありとあらゆるものを、自分の手先に使い、それを利用することができる。たとえばだ、ほんとうは俺たちと兄弟なんだが、それに、ほんの「ポッチリ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ 右第一より七に至るまで種々の文句はあれども、詰る処婦人の権力を取縮めて運動を不自由にし、男子をして随意に妻を去るの余地を得せしめたるものと言うの外なし。然るに女大学は古来女子社会の宝書と崇められ、一般の教育に用いて女子を警しむるのみな・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・そのひとこまには濃厚に、日本の天皇制権力の野蛮さとそれとの抗争のかげがさしている。『人民の文学』は、ひろく読まれているのに、詳細な書評が少ないのは、この複雑性によるとも考えられる。 宮本顕治の文芸評論をながめわたすと、いくつかの点に心を・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・そうして大きい、よく組織された国家の、すみずみまで行き届いた秩序があり、権力の強い支配者があり、豊富な産業がある。骨までも文化が徹っている。東海岸の国土、たとえばモザンビクの海岸においても状態は同じであった。 十五世紀から十七世紀へかけ・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫