・・・ 向こうところに敵なくして剣の力で信仰と権勢を植え付けて行った半生の歴史はそれほど私の頭に今残っていないが、全盛の頂上から一時に墜落してロシアに逃げ延び、再びわずかな烏合の衆を引き連れてノルウェーへ攻め込むあたりからがなんとなく心にしみ・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・それは仲間に入れてもらえなかった人の怨恨によるともいわれ、またクロトンの市民等がピタゴラス一派の権勢があまり強すぎて暴君化することを恐れたためともいわれている。とにかくピタゴラスはにげ出して行くうちに運悪く豆畑に行き当った。そこでかれは、戒・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・例えば有為の青年を金や権勢や義理合やでとって抑えて本人のあまり気のすすまぬ金持の養子にしたり、あるいはあまり適当でない地位に縛り付けたりする事があるとすれば、これはいくらかカラザン人の遣り口に共通なところがありはしまいか。 この悪習は忽・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・一国の首都がその権勢と富貴とに自から蒐集する凡ての物は、皆ここに陳列せられてある。われわれは新しい流行の帽子を買うためにも、遠い国から来た葡萄酒を買うためにも、無論この銀座へ来ねばならぬが、それと同時に、有楽座などで聞く事を好まない「昔」の・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ここに節を屈して権勢に走れば名利を得べしといえども、屈節もって金玉の身を汚すべからず。あたうるに天下の富をもってするも、授くるに将相の位をもってするも、我が金玉、一点の瑕瑾に易うべからず。一心ここにいたれば、天下も小なり、王公も賤し。身外無・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・最後のクライマックスで、封建社会での王は最も頼みにしているルスタムの哀訴さえ自身の権勢を安全にするためには冷笑して拒んだ非人間らしさを描き出している。「渋谷家の始祖」は一九一九年のはじめにニューヨークで書かれた。二十一歳になった作者が、・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・なぜなら、わたしたち人民の男女のヒューマニティーは、権勢とひきかえに奪われてはいないのだから。反対に、日々の労働の痛苦、いまの社会で母性が経験する大小無数の苦労。失業のいたで。生活の安定を見出そうとして階級として努力するその過程にうけている・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・ 日本のなかでの帝国主義のもとで、今日の権勢が暴政であることを感じつつあるのは、労働者・勤人や学生ばかりではない。中小商工業者の破滅とラジオ、新聞をふくむ文化、学問への抑圧はどれも一つ同じ原因から発している。河合栄治郎の公判記録が、『自・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・その上、野蛮な権勢を守るための言論封鎖の特徴として、そういう人権蹂躙が行われているという事実にふれて語ることさえ、犯罪行為として罰した。ナチスのドイツが同じこと、あるいは、もっとひどいことをした。第二次大戦の結果は、言論を封鎖し、出版統制を・・・ 宮本百合子 「地球はまわる」
・・・なぜなら現代のアジアは何かの権勢によって単に処理されるべきところとして存在しているのではないのだから。 ジョン・ハーシーが、天津に育っている外国人の少年として子供時代から周囲の生活を観察し、それを、あるままに理解しようとして来た心の習慣・・・ 宮本百合子 「「ヒロシマ」と「アダノの鐘」について」
出典:青空文庫