・・・朝商売の帰りがけ、荷も天秤棒も、腰とともに大胯に振って来た三人づれが、蘆の横川にかかったその橋で、私の提げた笊に集って、口々に喚いて囃した。そのあるものは霜こしを指でつついた。あるものは松露をへし破って、チェッと言って水に棄てた。「ほれ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・何も穿鑿をするのではないけれど、実は日数の少ないのに、汽車の遊びを貪った旅行で、行途は上野から高崎、妙義山を見つつ、横川、熊の平、浅間を眺め、軽井沢、追分をすぎ、篠の井線に乗り替えて、姨捨田毎を窓から覗いて、泊りはそこで松本が予定であった。・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・自分は横川天神川の増水如何を見て来ようとわれ知らず身を起した。出掛けしなに妻や子供たちにも、いざという時の準備を命じた。それも準備の必要を考えたよりは、彼らに手仕事を授けて、いたずらに懊悩することを軽めようと思った方が多かった。 干潮の・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
真夏の正午前の太陽に照りつけられた関東平野の上には、異常の熱量と湿気とを吸込んだ重苦しい空気が甕の底のおりのように層積している。その層の一番どん底を潜って喘ぎ喘ぎ北進する汽車が横川駅を通過して碓氷峠の第一トンネルにかかるこ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
明治二十三年八月十七日、上野より一番汽車に乗りていず。途にて一たび車を換うることありて、横川にて車はてぬ。これより鉄道馬車雇いて、薄氷嶺にかかる。その車は外を青「ペンキ」にて塗りたる木の箱にて、中に乗りし十二人の客は肩腰相・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫