・・・駅の横手の広っぱに井戸がある。井戸側は四角い。ふたがちゃんとついている。大きな輪があって、そこについている小さいとってで輪をまわし、繩をゆるめて水を汲みあげる仕掛になっている。シベリアの方でも田舎の井戸はこんな形だった。 日本でも女が水・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ もとは誰かブルジョアの住居だったとみえて、正面には円柱が並んだりした大きな家です。横手に板塀がめぐらされていて、通用門はそこにある。 ずっと入って行くと、玄関のところで赤いネクタイをつけた可愛いピオニェールの少女と少年が声をそろえ・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・そこも門から八ツ手などの植った玄関までだらだら下りになっていて、横手に見える玄関の格子はいつもしまっている。細長い踏み石がしいてあるその門と玄関との間のところに、犬小舎が置かれていて、そこに一匹の洋犬が鎖でつながれて暮しているのであった。・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・ 善光寺では本堂の横手に「十銭から御普請のお手伝いを願います」と立札を立てている。お札所のようなところで御屋根銅板一枚一円と勧進している。銅板に墨で住所氏名を書いた見本が並べられている。モーニングを着て老妻をつれた年寄の男が、紋付羽織の・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
あいそめ橋で電車をおりて、左手の坂をのぼり桜木町から美術学校の間にある通りへ出た。美術館の横手をのぼって、博物館前を上野の見晴しの方へ通じるこの大通りは、東京の風景がこんなに変った今もやはりもととあまり違わない閑静さをたも・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・城山へは、宿の横手の裏峡道から、物ずきに草樹を掻き分け攀じ登ったのだから、洋服のYは泰然、私はひどく汗を掻いた。つい目の先に桜島を泛べ、もうっと暑気で立ちこめた薄靄の下に漣一つ立てずとろりと輝いていた湾江、広々と真直であった城下の街路。人間・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 建物の横手に大型トラックが来ていて、手拭で頭をくるりと包んだジャムパー姿の若い人が三四人で、トラックの上から床几をおろしているところであった。 床几は、粗末ではあるがどれも真新しく木の香がした。真新しいのは、その床几ばかりでなかっ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ サーシャの点けた三本の燃えさし蝋燭の青い光に満たされたその桶のなかぐらいの大さの洞の横手は、色硝子のこわれや茶器のかけらで一面に飾られている。真中の小高いところは赤い布で包まれていて、その上に小さい棺が安置されているのであった。棺には・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・丁度学校が仕舞う頃に成ると、夕飯まで、もう一盛り騒ごうとする子供等が、十五人近くも、その石段の頂上、――彼女の庭のつい横手――に集る。そして、あらいざらいの活気を以て、賑い出すのである。 男の子や、女の子や……縁側の柱に膝を抱えて倚かか・・・ 宮本百合子 「われらの家」
・・・廊下の横手には、お客を通す八畳の間が両側に二つずつ並んでいてそのはずれの処と便所との間が、右の方は女竹が二三十本立っている下に、小さい石燈籠の据えてある小庭になっていて、左の方に茶室賽いの四畳半があるのである。 いつも夜なかに小用に行く・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫